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2004年01月01日〜12月31日

S.S☆「スポーツ中継」☆     あや太郎



 間もなく開かれるスポーツ・イベントについて、放送局員が街頭でインタビューを
試みていた。

「もしもし、そこのお二人さん−−もうすぐ開催される国際スポーツ大会をご覧にな
りますか?」

「うーん−−暇なら見ようかしら」

「俺は暇でも見ないよ。テレビゲームでもやって過ごすさ」

「そりゃちょっと不健康ですね。たまにはスポーツ中継で手に汗して下さい。我が局
が全種目を生中継しますので。あっ、こちらのお父さん方−−今度の世界大会は楽し
みにされてますか?」

「ううーん、楽しみと言うほどじゃないねぇ。日本選手も大して活躍しないだろうし
さ」「おや、ずいぶん悲観的ですね。でも、短距離の○○選手とか、女子マラソンの
××選手とか、期待の選手がいるじゃないですか」

「へぇ…そんな選手いるの?−−おい、お前、知ってるかい?」

「あぁ、聞いた事あるな。毎日、テレビやラジオで紹介してた。期待の星なんだって
さ」

「そうか−−それならいっぺん観ても良いな。じゃあテレビ桟敷で応援させて貰いま
しょうか」

「宜しくお願いします。次は…そちらの学生さんたち。もうすぐ始まる国際スポーツ
大会は楽しみにされてますか?」

「ぜーんぜん」

「あら、冷たい反応ですね。どうしてですか?」

「だって、どうせ日本選手は活躍しないんだもん」

「いや、そんな事ないでしょう。短距離の○○やマラソンの××なんか、ずいぶん期
待されてますよぉ」

「それは放送局が勝手に期待してるだけだよ。実際には大した実力なんか無いのに
さ。過大評価だな」

「テレビ局も選手じゃなくって視聴率に期待してるんじゃないの?」

「サヨナラ…。さっさと次の対象を探しましょう。…あっ、そこの女の子たち!…こ
の連中なら大丈夫だろう−−いえいえ、こっちの話。皆さん、国際スポーツ大会、観
る?」

「観なーい」

「あら、何で?」

「つまんなーい」

「なぜなぜ?期待の○○選手や××選手も出るよ」

「どうせ駄目だもーん。マスコミが煽りすぎて何だかウソっぽーい。ねぇえ?」

「あっ、みんな頷いちゃって…。でもそんな冷たいこと言わないで一緒に応援しよう
よ。うちの局じゃ生放送で完全中継するんだからさ」

「生放送って言うのもウソっぽーい。ほんとは録画で適当に繋いでるんじゃないのぉ
?」

「ドキッとするような事を言うね、この小ギャルどもは…。もういいよ。サイナ
ラ…。

ディレクターさん−−今の所、もちろんカットね。ちぇっ、だから学生や小ギャルは
駄目なんだよ。冷めた意見ばっかり言いやがって。番宣に使えやしない」

「でも、今日の取材はほとんどあんな調子だったから、これじゃほとんど使えない
なぁ」

「世間にもすっかりスポーツ・マスコミの裏事情がバレちゃったみたいだな。大した
事の無い選手を持ち上げたり、獲れもしないメダルを獲れそうなこと言いまくった
り、時には生放送でない時だって…」

「シーッ!それを聞かれちゃ大変だよ。どの国でもゴールデンタイムは同じような時
間帯だから、ぜんぶ都合よく行く訳ないし、それをまた無理やり観やすい時間帯に放
送するんだから、そりゃ技術的にも色々有ろうってもんさ」

「でも、そこまでゴマかせるんなら、いっそ試合の結果も技術的に処理しちまったら
どうなんだい?」

「結果を処理するって?」

「そうだよ。勝手に日本選手を勝たせるのさ」

「でも、そんなもの画面を見ればバレちゃうよ」

「そこは合成画面やCGってのがあるじゃないか。早速企画会議で提案してみよう」

 果して、次の大会から日本選手は負け知らずの快進撃を続けるようになった。もち
ろん世界中どの国でも自国の選手が負け知らずで勝ちつづけていた。

 かくしてこの地球上にスポーツ小国は無くなったのである。

(完)

2004年05月28日23時59分27秒投稿

S.S「説明時」☆     あや太郎



「どの商品を見ても、分かりにくい説明書ばっかりだ。特にOA機器など、説明書を
読めば読むほど分からなくなってくる。担当者には分かりやすい説明書を書く能力が
無いのか、それともやる気が無いのか?一度徹底的にお尋ねしたい!」

 消費者団体が、積年の疑問と恨みを果たすべく、某家電メーカーのサービスセン
ターへと乗り込んできた。

「えぇ…。我々も誠心誠意、消費者の皆様に分かりやすい説明書作りに腐心しており
まして、その努力の程をお察し頂きたく…」

「努力したって分かりにくければしょうがない」

「それほど分かりにくいとおっしゃるのなら、もっと分かりやすくなるように説明書
のページ数を増やし、キメ細かく…」

「これ以上増えたら、よけい頭が痛くなるじゃないか」

「それではページ数を増やさず、細かい字でキメ細かい説明を…」

「えーい、埒の明かない…。少ない分量の説明で、もっと分かりやすくしろって言っ
てるんですよ」

「はいはい−−−それでしたら、説明書は半分以下にするよう努力いたします」

「それだよ。でも本当に出来るの?」

「大丈夫です。機械本体のほうに説明を付けます。細ごまと書き込む必要があります
ので、ボタンやキーボードが今の五倍ほどに膨れますが、ご了承下さい」

「そんな嵩ばる機械、どこに置くんだ?」

 対話が行き詰まったところで、サービス課の面々はしばし作戦タイムを取り、何や
ら相談したあと、かねて用意のアタッシュケースを持ち出した。

「えー…、それでは説明書代わりに便利な機械を一台、お付けするようにしましょ
う。これで分かりにくい点や疑問にもことごとくお答えできます」

「そりゃ良い。でもその機械がまた高くつくんじゃないの?あるいは大きくて嵩ばる
とか?」「いえいえ、無料サービスです。しかも機械自体もどんどん小型化されてま
すからご安心下さい。ほら、これですよ」

「それは…携帯電話みたいな格好だね」

「ハイ。他でもない携帯電話です」

「何でそれが説明書代わりなんだよ?」

「これをプッシュして頂くと−−−ピッポッパッ−−ほら、短縮番号でちゃんとこの
部屋の電話に繋がります。そこでお知りになりたい事は何でもお訊き下さい。ズバズ
バと明快にお答えします。これで如何でしょう?」

「なるほど。こりゃ便利だ」

 携帯電話をお土産に消費者団体は何だか得をしたような気分で帰っていった。

「ちゃんと説明サービス料はいただくし、電話料金も自分持ちだから、電話会社もウ
チもホクホクだ。上手くゴマかせたようだな」

「見事にケムに巻けましたね、課長」

「これで当分は大丈夫だろう。一年後に店頭に並んでるのは新製品ばかりだから、ま
た違うユーザーを相手にごまかしちまえば良い。ダハハハハ」

「まぁこちらとしては、ユーザーの言う通り、こうして苦情を聞く機会を作ってやっ
てるんだから、向こうも気が済んだでしょう。そもそも説明書ごときに難癖つけられ
ちゃかないませんよ。あんなもんは、買い手が適当に使って、時には壊してくれて、
こっちが儲かるようになってるんだから」

「全くだ。説明書に頼ろうという根性が厚かましい。馬鹿と不器用な奴は機械なんか
買うな。いや、買って使って壊してくれ」

「そのとおりですよ。我々が説明書なんかに力を入れる訳がない。但し、〔但し書
き〕には気を付けないとイケませんがね」

「そうそう。取扱い注意の但し書きだけはちゃんと書いて置かないとな。あとで事故
が起きた時の責任だけは回避せねばならん。PL法とかアメリカばりの訴訟流行りだ
からな。ちゃんと…コレコレこうやれば危険です…ちゃんと書いておいたんだから、
あとは何が起きても知りませんよ…と、それだけはしっかり書いておかんとな。不器
用でドジなユーザーが起こした事故で大きな賠償金でも取られたら目も当てられん
よ、ナハハハハ」

 その時、すぐ脇にあった相談受付用の受話器から、不意に人の声が響いてきた。

「あのぅ…さっきお伺いした消費者団体の者ですがね−−」

「えっ?いや、あの、何か忘れ物でも?」

「そうなんですよ。携帯電話もらったのはイイんだけど、スイッチの切り方を教えて
もらうのを忘れちゃってね。さっきからずーっと待ってたんですよ−−−そちら方の
話が一段落するのを…」

(完)
2004年05月14日18時32分52秒投稿

S.S☆「譲り合い」☆     あや太郎



 とある惑星に未知の文明を確認した探査船は、アポ取りの上、早速その星に着陸し
た。かなり高度な科学文明を証明するような空港設備の中で、地球人探査員は思わぬ
光景を目にした。

「これは−−−そっくりさん大会か…?」

 出迎えの面々が皆ほとんど同じ顔と体型をしているのだ。

「みんなこれほど良く似ているとは、実に珍しい種族ですなぁ」

 探査隊の代表が訊くと、同じ顔の中から代表らしき一人がにこやかに答えた。

「いや、もともと似たり寄ったりの種族ではなかったのです。ある時期にクローンに
よる人口調節を始めまして−−」

 地球の先進諸国がいまだそうであるように、この星でも昔、少子化が進み、種族の
存続が危ぶまれた時期があった。そこで子育てが面倒だとか、将来が不安だとか言う
若いカップルに代わり、国家がクローン人間を増殖させ、国家の責任において一人前
に育てるというシステムを実施したのだという。

「先ずは心身共に優秀な〔種〕を幾つか選び、それぞれを一万人ほどの単位で育て世
に出しました。その中から好評なタイプを数種類に絞り、また何万人かの単位で増殖
させ、社会を支える人材として起用したところ、やはり選ばれし者…エリートだけ
あって、社会全体、文明全体をそれまで以上に盛り立ててくれました。そこで皆もう
自分の子を作るのを憚るようになり、いっそ不公平の無いようにと、一つのタイプの
人間だけを増やし、時には養子として育て、そして種族と文明の後継者として、すべ
てを託した結果、いつしか世代交代してしまったのです。そんな訳で、我々全住民は
同じ遺伝子から生まれた言わば双子、三つ子のようなものなんですよ」

「なるほど、それで皆よく似てる訳ですか。それでもよく見ると、少しずつ違ってい
るような気もする。やはり生活環境によって違いは出てくるもんなんですねえ」

「ハイ。何よりクローンの世代もすでに百代目ぐらいになってますので、微妙な差異
が出てきてるようです。精密なチェックをして、違いや不公平が起こらないように管
理はしてるんですが…」

「そう言えば、その後ろのほうにいらっしゃる方なんかは、体型も顔つきもかなり違
いますね」

「うん。僕なんかギリギリですよ。たまたま体力があったから、こうして社会に出ら
れたけれど…」

「しーっ!−−いや、失礼しました。彼はご覧のように大きな身体でスポーツ界では
英雄なのです。では、地球の皆さん、迎賓館のほうへ−−」

 やはり同じような顔をした人々が行き交う街なかを抜け、立派な建物に迎え入れら
れた探査隊だったが、戸外での自由行動は「安全管理上の問題」という事で許可され
なかった。「おかしいなぁ。優秀なタネだけで出来た文明なんでしょう?何か治安に
問題でもあるのかなぁ?」

「それとも我々をスパイか侵略者として警戒してるのかも…」

「何だか、ヤな気分ですねぇ」

「滅多な事は言うもんじゃない。郷に入れば郷に従えだ。向こうの都合もあるだろう
から、訪問者として指示に従うほか無かろう」

 隊長がそう言い含めた時、ドアに小さなノック音がした。

「どなたです?」

「僕です。あの時、後ろのほうに居た大男−−」

 開けてみると、少々規格外れの身体をしたあのスポーツ選手がいた。

「あのぅ…何の御用ですかね?」

「いや、実はね−−念のためにアドバイスしとこうと思いましてね。こっそり代表団
を抜けて、お邪魔したんですよ」

「アドバイスと言われますと?」

「いや、別段変わり映えのしない事なんですが、くれぐれも勝手に出歩いたり−−特
に裏通りや、郊外には行かないようにして欲しいと、それだけを言いたかったんです
よ。これはお互いの為でもありましてね」

 何やら意味深長である。

「そう言われると余計気になってしょうがないですな。一体何があるんですか、舞台
裏には?まさか我々が見てはイケない物があるとでも?」

「うーん、何と言って良いのかなぁ。見せたくないと言えば見せたくないし、見せた
いと言えば、見せたいとも言えるんですけどね」

 ちょっと予測とは違ってきた。しかし好奇心は高まる一方だ。

「そこまで思わせぶりに言われると、もう我慢できませんよ。一体どういう事情があ
るのか大雑把で良いから教えて下さいよ」

 そして開けっ広げなスポーツ青年は断り下手のお喋り好きだった。

「うーん、仕方ないなぁ。じゃあ無難な所だけザッと説明しましょう。……実はね、
クローン人間を何世代も続けてると段々原型から離れてくるんですよ」

「それはお聞きしました。最初のクローン人間から多少違って来るのも無理はない」

「何度もダビングやコピーを繰り返したようなもんで、段々と質が落ちて来る場合も
あって、例えば美男美女ばかりの筈だったものが、ブス不男が混じりだしたりね」

 地球代表たちも取り敢えず、愛想で笑った。

「そんな訳で、外見内容ともに我々の仲間としては不適当なレベルのクローンも増え
てきて、その対策が必要になって来たんですよ」

「すると、裏街や郊外には…?」

 ひょっとしたら不要なクローンの墓場や処理場でもあるのかも−−

「とは言っても、出来の悪いのを捨てる訳にも行かない。そこで裏通りの住宅地や郊
外の自給自足農園などに住まわせて、文明の表舞台に出てこないような不文律を守り
つつ共存してきたんですよ」

「なるほど…」

 最悪のシナリオは避けられたが、それでも階級社会のニオイがする。

「ところが最近そういう所で暮らしてたクローンの子孫たちが、徐々に表舞台へ進出
して来たんですよ−−僕みたいにね」

「ほぉ、それはそれは…」

 無難な相槌だけ打った。

「と言うのも、最初出来損ないだと思っていた不良品クローンの子孫たちから変わっ
た才能や、ずば抜けた体力の持ち主が現れるようになりましてね。やっぱり雑種の強
みなんでしょう−−−様々な分野で活躍し始めたんですよ」

 大体どの星の生物進化の歴史にも見られるパターンである。

「それが段々、文化や学問の分野にも波及して来ましてね。今じゃもう僕たちみたい
な雑種クローン無しではこの星の文明を支えられないという結論が出てしまったんで
すよ」

「それはめでたい事です。いや、むしろ自然の成り行きでしょう」

「このままでは、もうすぐ正統派優等生クローンと僕たち雑種クローンの総入れ換え
が起きてしまうかも知れない。今その混乱期にあるので、あまり裏通りや郊外は見せ
たくないというところなんですよ」

「なるほど、それで分かった。つまりこれまでこの星の主役であった優等生クローン
と、あなた方の雑種…いや、失敬…新型クローンとの綱引きが始まったんですな。古
い勢力は自分たちの立場を守ろうとし、新しい勢力は自分たちの主権を主張し、あち
こちで内戦や民族紛争が勃発している…」

「いや、そんな物騒な事なんて起きませんよ。何てったって、どちらも主役なんかに
は成りたくないんだから」

「えっ?主役に成りたがっていないだって?」

 意外な展開に地球代表団も困惑した。

「そうですよ。だって我々は互いに譲り合っているんだから。どちらも主役には成り
たくない。亜流のほうが良いってね」

「そりゃまた一体何故なんです?」

「先ず優等生クローンのほうが言いだしたんですよ。主権は新型人類に返すって。彼
らはつくづく優等生なんだなぁ。自分たちは少子化の時代にこの星の文明を守るため
主権を任された。自分たちに代わる新種族が増えた今、主権にしがみつく必要はな
い。あんたたちにすべてを譲るってね」

「それはまた殊勝な話だ…」

 感心するやら、呆れるやら−−

「ところが僕たち雑種も、あんまり主役にはなりたくないんですよ。何故なら亜流な
ればこその面白い文化を作れますからね。主流あっての亜流ですよ。主流になってし
まってはもう僕たちの個性は無くなってしまうかも知れないじゃないですか」

「ふーむ−−それにも一理あるなぁ…」

 地球人隊員たちもしばし考え込んでしまう。

「我々の地球や大抵の種族間では、覇権を争って徹底的に闘うのが常なんだが、この
星ではそれが諍いの種にならないだなんて、驚くべき事だ」

 感心していると−−

「そうだなぁ。でもある意味では壮絶な闘いですよ。壮絶な譲り合い合戦とでも言う
ところかな。君達が主役だ……いや、あなたたちこそ…と譲り合ってる訳ですから
ね。そして最初はそんな様子を他の種族の人達にも自然に見せてたんです。でも、妙
なもので、あれはキザ過ぎる。あんな嫌味な奴らは無い…と不評を買ってしまったん
ですよ。それで我々も反省しましてね、そんな気障な場面は見せないほうが良いとい
う結論になって、今では窮屈な話ですが、星全体、文明全体を公開しないようにして
しまったんです。いやぁ、ヘンな話ですよ。全くね」

 世にも不思議な「譲り合い戦争」の話をひとしきりしてスポーツ青年は帰っていっ
た。聞かされた地球代表たちは感動と羨望の念で、ただ呆然の体だ。

 そんな中で一人の隊員が首をひねりながらポツリと言った。

「でも結局−−あのアドバイスが一番キザだったんじゃないですか?」

「ひょっとしたら−−−杯食わされたかな?」

 あの開けっ広げなスポーツ青年も、実は宣伝マンだったのではないか?−−地球か
らの探査隊は狐につままれたような気分でこの星を後にした。

 何が事実なのか、本当のところは分からなかった。ただ、あれをキザな作り話だと
しか思えない種族には、永遠に「譲り合いの社会」など実現しないだろう−−−それ
だけは分かったような気がした。

(完)

2004年05月07日01時12分00秒投稿

S.S☆「ゴツい男」☆     あや太郎



 人けの少ない裏道を熊のような体躯の男が歩いていた。

 その正面方向からも一人の恰幅の良い初老の男が歩いてくる。

 充分道幅のある裏通りを、二人がそのまますれ違って行くと見えた瞬間、熊のよう
な男が不意に立ち止まった。ギョッとしたように恰幅のよい初老の男が振り向くと突
然…

ゴツン!……熊のような男の太い腕がもう一人の男を襲うと、殴られたほうは頭から
舗道に突ッ伏した。熊のような男は走るでもなくヨタヨタとその場を立ち去り、裏通
りの路地に消えた。

「被害者はマフィアの支部長で、頭蓋骨と首の骨が折れて即死でした。殴られた時に
首の骨が折れ、倒れて頭蓋骨陥没でしょうから、死因は最初の一撃と見られます」

「ふーむ……一撃で首の骨を折るとは、とんでもない馬鹿力だな」

「何人か目撃者が居るんですが、そのゴツイ体つきの犯人が殴りかかる直前に鼻をす
すったのを聞いたと証言しています」

「鼻をすすった?」

「鼻をクンクン鳴らした…と言う者もいました。匂いを嗅いでるような感じでね」

「ふむ、話しかけたり、相手を確認してから行動に出るというパターンはあるが、鼻
を鳴らすとは妙な話だ。身元が身元だから、暗殺目的には違いないだろう」

「まさか匂いが気に入らないから殴ったという事もないでしょうからね。それともう
一つ…何と言っても気になるのが、殺し屋の風体なんですよ。二メートル近い大男で
妙な歩き方だったというんです。ダブダブのズボンを履いてヒョコヒョコと何か子
供っぽい足取りで…。それに顔も異様だったようですよ。やたらに顎が突き出て、ヒ
ゲもじゃで顔の上半分は、深い帽子で隠してたとか」

「ふーむ……妙な行動に妙な風体か。これも犯人を特定しにくくする攪乱戦法かも知
れないぞ。それで何か手掛かりは残ってないのか?それに逃げた先の見当も?」

「はい、被害者の側頭部に引っ掻き傷のような物が深々と残っていた事です。これが
武器のような物か今鑑定中です。それから逃げた先ですが、どうも中央広場のほうへ
紛れ込んだのではないかと見られています。当日は人出が多くて紛れやすかったよう
です。大道芸やサーカスが出てましたから」

「ふむ、サーカスか。聞き込みがてら、一座の様子を見てみるか」

 捜査官たちが、サーカス小屋を訪れると、団長が怪訝そうな顔で応対に出た。

「熊みたいな、ゴッつい男?ウチにゃ居ないねぇ。ウチは綺麗どころを揃えて売って
るんでね」

 なるほど、レオタード美女ばかりが目立つ。アクロバットの男性陣も中肉中背の体
つきばかりだった。

「マフィアの親分?知らないね。別に付き合いは無いから」

「そうかな?この辺りで興行する際には、あの親分に挨拶しない訳には行かないって
聞いたよ」

「まぁ、そりゃあね。だがそりゃ仕事上の事だからね。特に深い付き合いはないって
意味さ」

「それもどうかな。聞くところによると、あの親分、お宅の女性団員にご執心だった
というじゃないか。空中ブランコの花形スター……つまりアンタの娘さんにな」

 娘を差し出さないと営業の邪魔をすると脅していたらしい。

 団長がギョッとしたように眼を反らした。しかしすぐまた冷静な顔に戻ると、事務
的な口調でこう答えた。

「あの日、その殺人犯がこの一座に紛れ込んだとか、我々が庇って逃がしたとか言う
証拠でもあるんですかね?」

「いや、逃がしたのか、この一座にずっと居るのか、まだ見当はついてないがね」

「ザッとご覧になったでしょ。ウチにはそんなゴツい団員は居ないんですよ。軽業と
動物ショーでやってる一座なんだからね」

 調教師たちも猛獣を扱う割りには皆小柄でスリムだった。やはり誰かを「鉄砲玉」
に仕立て、犯行のあと逃がしたのだろうか?

「それらしい大柄な男がサーカス小屋に入るのを見たと言う目撃談があるんだ。しか
しそのあと外へ出たという気配は無い。隠すと為にならんぞ」

「ウソなんか金輪際ついちゃいませんや。この一座にはそんな熊みたいな男は居な
い。私の眼を見てくださいよ。これでも正直で通ってるんだ!」

 確かにその眼は意外なほど力強く、自信に溢れた光を放っていた。

「ふーむ……まぁ、今日のところは引き揚げよう。あんたの言葉を信じてな」

 捜査官たちは仕方なく手ぶらでサーカス小屋を後にした。

「お父さん……本当に大丈夫なの?」

 一座の花形でもある娘が団長の手を取った。

「大丈夫だよ。ワシは何もウソはついていない。自信を持って応対すればきっと向こ
うも諦めるさ。それにしても、あの変装には苦労したな。なにせ口が前に飛び出して
るから、あれを顎に見せかけるのに骨が折れた…」

 団長は道具箱に隠しておいた奇妙な顔の面と帽子をそっと焼却炉に放り込んだ。

「でもちょっぴり可哀相。あの香水をちゃんと使ってくれてたなんて」

 娘も何か液体の入った小瓶を火にくべた。

 熊が嗅ぐと凶暴になるオス熊のフェロモンを香水に混ぜ、娘の手からあの親分にプ
レゼントしておいたのだ。

「でもワシはウソは言ってないぞ。熊みたいな人間なんぞどこにも居やしない。た
だ、人間みたいな熊が一匹いるだけだ」

 焼却炉から漂う香料の匂いと、懐いている娘の体臭を嗅いで、檻の中の灰色熊がグ
オーッと吠えた。

(完)
2004年04月21日18時27分54秒投稿

ある日曜日の午後、携帯電話を見に行った。
年明けに「春になったらカメラ付に換えたいからアドバイスしてね」と
嬉しそうに話していた母と「わかった」とうなずいてた息子、そして私・・・。

久しぶりに歩いた日本橋は、百均やフィギアショップが増えていたが
前回同様、ほとんどの店の機種と値段をチェックしていた息子が
迷わず同じ店にナビゲートしてくれた。母は、納得してすぐ手続きを。

新しい事や物が苦手な私は、あんまり乗り気ではなかったものの
2年半も使った物を0円で新品にそして色も換えてくれるというので
保険証と少しくたびれた携帯を差し出した。

そして電器の街の中にある小学校の散り初めた桜をながめながら
「どうせ目覚ましにしか使わないんだけどね」とつぶやいた・・・。

ほっとするとお腹がすいて急にラーメンが食べたくなった。
なんでも半年ほど前に新しい名所ができたとの事。
25年ほど前に一度訪れたその場所は、ホームベースと外野の
一部が寂しく迎えてくれた。

携帯電話とかけて野球ととく、そのこころは・・・。  まるびー。

2004年04月12日00時37分57秒投稿

S.S☆「光よりも速く」☆     あや太郎



 ある日、地球に連絡が入った。何と光速を超えるスピードで宇宙を旅していると言
う異星人からのもので、道中ぜひとも地球に立ち寄りたいと言う。

 ドップラー・レーダーで辛うじて確認できたその巨大宇宙船が地球のそばを超光速
で通りかかった時、一隻の小型シャトルが本船を離れ、地球へと降り立った。

「いやぁ、地上は良いなぁ。なにせ大地を踏みしめるのは久しぶりでね」

「へぇ…。せっかく宇宙旅行しているのに、何故あちこちの惑星へ降りてみないんで
すか?」

「いや、その訳はまたあとで詳しく話すんだけどね…。実は今回は取り引きをしたく
て、地球へ立ち寄ったんですよ」

「ほぉ、取り引きと言いますと?」

「ご覧のように我々は、ついに光速を超える速度で宇宙旅行する技術を実現したんで
すよ。そして何年か前、宇宙一周の旅に出ないかと母星の住人に呼びかけたら、何と
人口の半分以上からツアー参加の申込みがあってね。それで思いっきり大きな宇宙船
を作って早速旅に出たって訳なんですよ」

 ざっと五十億人ほどが乗っているという。途轍もない大型船であった。

「それであちこち見て回ってると、いやぁ、宇宙は広いねぇ。不思議な現象やら、と
んでもない見せ物があったりして、そりゃあもう楽しいの楽しくないの」

「それはうらやましい限りですねぇ。光速で飛ぶなんて我々にはまだ夢のまた夢です
よ」「そこで話なんだけど、その光速で飛べる航法をあなたたちにも教えて上げよう
と思ってね、こうやってデータ・チップに入れて持って来たんですよ」

 そう言いながらフロッピーのような物をテーブルに置いた。

「それはそれはご親切に。いやはや、そんな技術を得られたら地球のロケット技術も
急速に進歩しますし、どんなに助かりますことやら」

 ずいぶん気の好い宇宙人が舞い込んできたものだ。

「但し、この飛行法には一つ欠点があるんだ。それはね、ひと度エンジンを発進させ
ると…停止させる方法が見つかってないって事でね」

「停止させられない?つまり一度動きだしたら止められないんですか?」

「そうなんだ。最初はエンジンを切ればそれで良いと思って気楽に考えてたんだけ
ど、いざ飛び立ってから色々試してみると、どうも構造上、エンジンを停止すると大
爆発しちまうようなんだなぁ」

「爆発!じゃあ、どうやって機体を止めるんです?」

「さぁ、そこだよ、取り引きって言うのは。このエンジンを安全に止める方法を知ら
ないかなって、お宅らに聞きに来たんだ。それさえ教えて貰えれば、この超光速飛行
エンジンの設計図は無料で差し上げるよ」

「さて、止め方と言われてもねぇ…。なにせ我々にはまだ光速を超えて飛ぶ技術は無
いもんで…」

 第一、そんな技術があればこんな設計図など要らないではないか。

「そうか、まだ無いのか。そりゃ残念だったなぁ。広い宇宙と言っても、宇宙旅行の
出来る種族はまだまだ少なくてねぇ。この星ならロケットも飛ばしてるようだし、も
しかしたら知ってるんじゃないかなぁと期待してたんだけど、まぁ知らないものは
しょうがないか。よそを当たってみるとしよう。アッ、もう時間だ。いえね、本船の
ほうが太陽系をグルッと一回りしてもうすぐ地球のそばを通りすぎるんですよ。その
時シャトルを拾ってもらわないと戻れなくなっちゃうもんでね。なにせ一時停止が出
来ないもんだから、不便で困っちゃいますよ、ナハハハ。それじゃお世話様。失礼し
ますよ、バイバイ…」

 言うと異星人はまたシャトルに飛び乗り、ランデブー地点へと飛び去った。

 見送ったあと、一同が戻ってみると、テーブルの上に何とあのデータ・チップが置
き去られていた。かなりそそっかしい種族だとは見受けられたが、案の定忘れて行っ
たものらしい。

「おい、こりゃ儲け物だな。何もしないで、こんな凄い技術をタダ取りできたんだか
ら」「でも、大丈夫かなぁ、こんな技術…?」

「何がだい?」

「止め方も分からない内に、何十億人も乗せてツアーに出るような連中ですよ」

「そう言えば、こちらは光速で飛べないと言ってるのに、止め方を知らないかと聞い
てたなぁ」

「そんな慌て者の技術を借りるなんて、物騒でしょうがないですよ」

「なるほどねぇ。そんな見切り発車の技術、とても応用できないか…」

 しかしその一方で、一同はあの宇宙船の行方を憧れの気持ちで思いやっていた。

 少なくとも「見切り発車する勇気」があの種族には確かに在るのだ。

 地球文明が彼らに追いつく日は来るのだろうか……一同はいつまでもレーダー画面
の宇宙船を見送っていた。

(完)
2004年04月06日22時58分59秒投稿

S.S☆「理想と現実」☆     あや太郎



「近頃の人間は根性が座っとらん。厳しいトレーニングで心身共に叩きなおしてやる
!」

 近代ならではの病…「夢と現実」の区別が付かなくなる「バーチャル症候群」を一
掃しようと、「精神矯正マラソン・スクール」なる物を開校した人物がいた。早速マ
スコミが取材に走る。

「怒月先生……この学校は悩める現代人の精神を厳しいスポーツ鍛練でリハビリしよ
うと創設されたそうですが、どのようなトレーニング法でリハビリされるんですか
?」

「オホン…。走れ走れ、先ず走れだよ。とにかく生徒全員を走らせ走らせ、マラソン
・ランナーに成れるほど鍛え上げる。その過程の地獄の特訓で心身共に強く逞しく、
正常で良識的な人間を育成しようという試みだ」

「と言いますと、ただひたすら走らせて根性を鍛えるという昔ながらのやり方ですか
?」「時代錯誤と言うなかれ。人間、詰まる所は根性、精神力なんだよ。夢と現実を
見間違うというのも、すぐに夢に走りたがる軟弱さ…つまりこれすべて忍耐力の無さ
なんだな。 そして忍耐力は体力から生じる。ここまで言えばもうお分かりだろう。
体力と精神力を高めるため、走って走って走って…鍛えて鍛えて鍛えて…そして世間
でも

充分に通用する強い人材に仕立てなおす
これこそ我が校の基本方針であーる」


「本当にそんなシゴキだけで上手く行くんですかねぇ?」

「行くに決まっておる!体力、気力が付けば、強くなる。強い人間が増えれば民族が
強くなる。各民族が強くなれば世界が豊かになる。この明瞭簡潔な理論のどこに過ち
があると言うのだ?さあ、みんな、理想に向かって突き進もう。理想の世界を作ろう
ではないか。みんな、走って走って鍛えて鍛えて、強くなって逞しくなって幸せにな
ろう。脆弱な人間など一人も居ない理想郷を作るのだ……バンザーイ!」

「あ、ありがとうございました。……放送をご覧の皆さん。それでは理想と現実の違
いが分からなくなった教育家の取材を終わります…」

(完)

2004年03月31日15時39分38秒投稿

S.S☆「ドミノ移殖」☆     あや太郎



「イケませんなぁ。ここまで悪くなると、もう薬も効きにくくなるし、患部を切除し
てもまた再発の恐れがあるし−−−もう移植するほかないですなぁ。幸い近年、技術
が進んで成功率も高くなっています。更に一つの臓器を二つに分けて行なう〔ドミノ
移植〕が普及してからは、案外簡単に臓器が手に入るようになりました。どうです、
思い切って移植手術を受けてみられますか?」

「他に助かる道が無ければ選択の余地はありません。本当に他の治療法は無いんです
ね、先生?」

「いや、まぁ、患部を切り取って化学療法を続ければ抑えられる場合もあるんです
が、やはり決め手になるのは臓器移植でしょうねぇ」

「じゃあ、普通の手術と薬でも何とかなるんですか?」

「いや、まぁ何というか……同じ切る手間で移植しといたほうが完璧に治る確率が高
いようですし、まぁ移植のほうが良いかなぁ…というのが私の意見なんですがね」

「そうですか。でも移植のほうは、提供者が見つかるかどうか分からないし、費用も
ずいぶん掛かると聞いてますし…」

「いや、それがね………ドミノ移植のお蔭で、提供臓器には事欠かなくなったんです
わ。一つの臓器を二つに割って移植する訳なんですが、その内の何例かは残念ながら
違う原因で亡くなったりするんです。するとその人の臓器をまた分割して二人の患者
に分ける。その患者さんもまた不運にも他の死因で亡くなったりしますわなぁ。する
とまたその臓器を摘出して二人に移植する。そのまた何%かが死ぬ。その臓器を分割
してまた移植する……それを繰り返してるうちに全国で提供臓器がダブついて来まし
てね。倍々ゲームで今じゃ毎日何百もの移植可能な臓器が出回るようになってしまっ
たという訳です。だから臓器提供を待ってる必要も無いし、病院も臓器バンクも抱え
込んだ臓器を早くサバきたくてウズウズしてるような有り様で…。ねぇ、他の治療法
なんて言わずに、思い切って臓器移植してみませんか。お安くしときますから…」

(完)

2004年03月25日12時09分54秒投稿

S.S☆「白馬の王子」☆     あや太郎



 そこそこ持てるのだが、なかなか結婚しようとしない女が居た。理想が高いと言う
か、お高く止まっていると言うか、どうも少々の男では物足らないようだった。

「今時こんな言い方をすると、セクハラ扱いされかねないけど…要するにキミは勿体
ぶってるんじゃないの?それなりの男どもからプロポーズされて、悪い気はしないと
いう風なのに、結局は断ってしまう。そこまでより好みしてて、あとで焦らなきゃ良
いけどね」

「私には理想があるんです。少女趣味と言われるかも知れないけど、永遠の愛こそ私
の結婚のテーマなんです。今までの候補者も悪くはなかったけど、もっと長い目で見
て理想の人かどうか確信が持てなかったの。だから根気よく、本当の理想の人が現れ
るのを待つつもりなんです」

「理想のタイプに出会った時には、もうキミのほうが対象外になってたりして……い
やいや、これはいよいよセクハラだな。訴えられないうちに退散退散…」

「何といわれても、私は待ち続けるわ。きっとそのうち、白馬に乗った理想の王子様
が現れると信じて…!」

 そしてアッと言う間に半世紀近い年月が過ぎ去った。

「もう私もお婆ちゃん。やっぱり白い馬に乗った王子様なんて現れないのかしら?」

 高い理想と夢に溢れていた彼女もさすがに諦め気分となりかけていた…その時…

「僕で良かったら、一緒に老後を送らないかい?」

 背の高いロマンス・グレーの老人がプロポーズして来た。どこか見覚えのある顔
だ。

「思い出したわ。あなたは確か最初に…」

「そうだよ。キミに最初にプロポーズした男さ。そしてあれからずっと独身を通して
きた」

「ずっと?まさか…。だって、こんなにダンディで恰好いいのに、女が放っておかな
いでしょう?」

「いや。掛かる火の粉を払い続けて来た。僕の心にはキミしか居なかったからね」

 彼女はもちろん感激に震えた。

「じゃあ本当にずっと私の事を思ってくれてたの?」

「そうさ。キミが振り向いてくれるのを待ってたんだよ」

「嬉しいわ。私、あなたのような人を待っていたの」

「そう言ってもらえて僕も待った甲斐があった。僕はキミにとって白馬の王子様に成
り得たかな?」

「もちろんよ。あなたは立派な、白馬に乗った王子様だわ」

 彼女は思わず彼に抱きついた。その勢いで彼の頭から白い物が落ちた。それは良く
出来た白髪のカツラだった。

 真っ赤になって照れる彼に彼女は動揺も見せずこう言った。

「ほら、あなたは立派な…白髪を乗せたお爺様よ」

(完)

2004年03月15日22時15分17秒投稿

S.S☆この夏一番熱い日☆    あや太郎



 「夕方のニュースです。今日も暑い一日でした。この暑さに負けまいと戸外でス
ポーツに励んだり耐久実験に挑んだ人々が健闘及ばず全国で二十人も…蒸発しまし
た。その他、ごく普通に酷暑で命を落とした人の数は相変わらず百人を越えています
が、ソーラー・カットの最新ファッションが普及して来たため、昨年よりは犠牲者が
少なくなる傾向にあります。但し、今年は太陽黒点の増加のため、最後の氷河期と呼
ばれるほど気温が低く、外出した途端にジュッ…と蒸発してしまうような暑さが訪れ
なかったための一時的な現象でしょう。来年からはまた最低気温が℃五百度を越える
気候が続き、年々十度ずつ気温が上がってゆくと予想されていますので、くれぐれも
地下都市あるいは防火マンションから生身で外出しないよう、お気をつけ下さい。…
それにしても人類も強くなったものです。五十億年前に予想された通り、我らが太陽
はどんどん膨張を続け、ついに水星、金星を飲み込むところまで大きくなりました。
もう地球には住めないと何億年も前から木星や土星の衛星へ移住したり、太陽系外へ
避難する人類が増えるその一方で、暑さに強い人々は地球に残り、灼熱の太陽と暮ら
す生活に馴染んで来ました。そのお蔭で、人類の居残り組はすっかり暑さに強くな
り、百度や二百度ぐらいの気温ではヤケドもしなくなっています。五百℃の熱風の中
で繰り広げられるサウナ・パーティも今ではすっかり歳時記の一つとして親しまれ、
我々はこの灼熱世界を乗り越えるどころか、楽しむほどの逞しさを身につけたので
す。それでもさすがに素肌のまま日光浴をしたり、熱風の中で一時間以上ゴルフや
サッカーに興じると、命を落とす事があるのですが、いつの時代にも冒険者はあとを
絶ちません。いくら暑さに強くなったとは言え、我々は生身の身体なのですから、や
はり限度があります。摂氏四百度ぐらいまでは充分耐えられるのですが、四百二十度
を越えた途端にジュッ…と一瞬にして蒸発してしまいます。これが人間の沸騰点です
から、皆様もくれぐれもご用心ください。氷河期とは言いながら、明日もまた暑そう
です。昼間の気温は四百五十度に迫りそうです。一時間以上戸外に居ると蒸発する恐
れがあるのでご注意を…。

 最後のコーナーはスポーツです。間もなく開幕する夏の風物詩…スキー・ジャンプ
の模様を会場からお送りしましょう。会場の○○さん、どうぞ…」

「ハーイ、会場です。さぁ、真夏のお楽しみ…スキージャンプ大会が今始まりまし
た。。大昔は雪の斜面を滑ってジャンプしたそうですが、もちろん雪などという珍し
い物はもう地下深くの実験室か冷凍庫でしか見られません。太陽光に焼かれて真っ赤
になった鉄板のジャンプ台を、いま超伝導反磁力スキー板を履いた選手たちが滑り降
りて行きます。

 スキー板が溶けてしまうまでにジャンプしなければイケないというスリルのあと
は、もちろん誰がどれだけ遠く長く飛ぶかが注目されます。さぁ、選手が次々と飛ん
で行きますが、まだ思わしい記録は出ません。ここで一発屋と賞される選手が滑って
行きます。ダイナミックなジャンプだ。ぐーんと距離を伸ばす。まだ飛んでいる。沈
み行く太陽に向かって飛ぶかのように、今K点を越えた。…しかし危ない。こんなに
長く飛んで大丈夫なのか?…ああっ、選手の姿が消えた!…あとには水蒸気が漂うば
かり…。ついに出ました、K点を遙かに越え、沸点を超える大ジャンプ!本日の最長
不到です…」

(完)

2004年03月12日23時58分35秒投稿

S.S☆「取り違え」☆     あや太郎



 病院の待合室に年寄りと子供らが居た。ちょうどテレビに映った歌手の話をしてい
る。「ほぉ、あれが話題の歌賀ヒカルか。わしゃ初めて見たよ」

「今度は、人気バンドのグレールだよ。お爺ちゃん、知ってる?」

「名前は聞いた事あるが、顔は初めてだ」

「次はスペードだよ。女の子のグループでダントツなんだ」

「あぁ、この子らかい。噂はよく聞くけど、顔を見るのは初めてじゃ」

「ヤだなぁ…。何度見ても覚えられないだけじゃないの?」

「失敬な事を言いよって。そういうお前らだって、毎日見てるのに顔を知らない物が
あるじゃないか」

「そんな物ないやーい」

「あるぞ、あるぞ。こないだ寿司屋に行った時、寿司のネタを見て当てっこしたろ
う」

「うん、僕はぜんぶ当てたよ。だってお寿司が好きだもん」

「でも捌く前の魚を見たら、全然分からなかったじゃないか」

「だって、普段切り身でしか見たことないもん。だから生の魚を見るのは初めてだっ
たんだよ」

「ほぉら見ろ。お前らだって顔を知らずに魚を見たり食べたりしてるじゃないか」

 話を聞きつけたドクターがニコニコしながら近づいてきた。

「大体近頃は家で魚を料理する事もなくなったから、子供さんたちも魚を捌く所や内
臓なんか見たことないんじゃないかな?」

「うん、内臓どころか、どんな形でどんな顔してるかも分からないや」

「段々そういう時代になってしまうんじゃなぁ」

 年配者たちが感慨に耽っていると、血相を変えた看護婦が駆け込んできた。

「先生、大変です!また若い先生が患者さんを取り違えて…手術しちゃったみたいで
す」

「何…またか!」

 驚いて振り返る患者たちに、ドクターは照れ笑いでこう答えた。

「医者も、内臓は見てるけど、顔を知らない事がよくあってね。いや、そういう時代
なんですよ、ナハハハハ…」

(完)

2004年02月14日22時56分23秒投稿

S.S☆「白いカラス」☆     あや太郎



 街の公園にカラスの寝ぐらがあった。昼間は餌探しに飛び回り、夜になると公園へ
戻ってきて眠るらしい。そこへ鳥類学者が学生を連れて観察にやって来た。

「例の如く朝夕ゴミ漁りに出掛け、夜にはここを寝ぐらにするという訳だ。ほら、一
斉に飛び立って行く。なかなか統制が取れているようだね」

「やっぱりリーダーが居るんですか、先生?」

「あれだけ揃って行動するんだから、しっかりしたリーダーが居るんだろうな。帰っ
てきたら観察してみよう」

 そして夕刻…カラスの一団は編隊を組んで戻ってきた。

「やっぱり皆揃って帰ってくるようだ。さて、ボスは誰かな?」

「先生…あそこに白いカラスが居ますよ」

「どれどれ…ふむ、これは珍しいな。鮮やかな白い羽根をしている」

「それに先生…どうもあのカラスの周りに他のカラスが集まってますよ」

「そうだそうだ。木の枝の真ん中にいる」

「ふむ、本当だね。あれだけ白いと良く目立つし、一種威厳のあるカラスだから、み
んなに一目置かれてるのかも知れんな」

「やっぱり目立つと得なんですね」

「そうだ。人間でも同じだよ。目立って人気のある人物がリーダーになって社会を動
かして行くものなんだ。本当に今日は勉強になった。皆カラスから大切な事を習った
ね」

「ハーイ」

 引き揚げて行く見学者たちを見下ろしながら、カラスのボスがボヤいた。

「何が、目立つから得(トク)だ。白いカラスなんて皆にイジメられたり鳶や犬猫に
狙われたりし易いんだぞ。ここまで生き延びるのに、どれだけ苦労したと思うん
だ。…目立つから人気者でリーダーになり易いって?…笑わすな。目立つ奴ほど妬ま
れるんだ。俺なんか何度追い落としをかけられたか分かりゃしない。それを切り抜
け、この地位まで来るのにどんな苦労をしたか、人間には分かるまい。すべてのリス
クとハンデを乗り越えて、カラスのボスの座に着いた要因は…リーダーに成れたその
理由は…ヨイショと気配りと処世術だ!」

 そう……目立つ者ほど気苦労の絶えぬものなのだ。それは人間世界も変わりないは
ずなのだが…?

(完)

2004年02月08日10時39分22秒投稿

S.S☆「出世競争」☆     あや太郎



 貧しい二人の青年が出世競争をする事にした。

「とは言っても全くの無一文から始めるとなると、まともな仕事じゃ埒が明かない」

 そこで汚い仕事に手を染める事にした。

「手っとり早い所で…麻薬の密売と行くか」

 二人それぞれ別口のルートで麻薬を仕入れ売りさばく事になったのだが、要領の良
い方はどんどん売り買いし、どんどん儲けて行くのに、ドジな方はニセ物を掴まされ
たり、代金を踏み倒されたりで一向ウダツが上がらない。挙げ句の果てに摘発されて
刑務所送りとなった。獄中でドジ男は考えた。

「それなら…麻薬Gメンになってみようか。裏の事情にも通じてるし、警察にも顔見
知りが増えた。この分野で業績を上げれば、これも立派な出世だ。よし、麻薬取り締
まりで出世してやろう」

 上手く警察関係者に取りなしてもらい、案の定ドジ男はこの業界で手柄を立て続け
た。ついには、出世争いを誓い合い今では大物麻薬商人にノシ上がっていたあの友人
まで摘発して、ドジ男は大層な出世をなし遂げてしまった。

 しばらくして、逃亡中のあの友人から連絡が来た。

「俺まで売るとはひどい事をしやがる。しかしそれも競争の内だ。俺たちの勝負はま
だ着いちゃいないぞ。今度は堅気の仕事だ。民営化される酒と煙草で成功した方が勝
ちというのはどうだ?」

「よし、その勝負、乗った」

 警察幹部の座を気前良く捨て、男はまた幼なじみと競争を始めた。

 しかし要領の良い友人はやはり商売が上手かった。アッと言う間に新製品、新品種
を売り出し、儲けること儲けること…。対してもう一方はまたしても手を出せば損す
るというドジ男に逆戻りしてしまった。

「あいつだけには負けたくない。こうなればしょうがないな。また違う方向から攻め
てみるか」

 ドジ男は警察時代のコネを活かし、政治家へと転身した。そして通した法案が「禁
酒・禁煙法」。あたかも世の健康ブームに乗って法案は採択され、酒・煙草産業は一
挙に壊滅した。

「要するに勝てば良いんだからな」

 金儲けが下手なら競争相手を引きずり下ろして優位に立つという手もあるのだ。

 しかし間もなく、あのライバルがまた目の前に現れた。

「敢えて卑怯とは言うまい。しかし決着はまだついていないぞ。今度オレは武器商売
に転向した。お前も男なら同じ土俵で闘ってみろ」

「よし、望むところだ」

 多少後ろめたい所もあったので、また競争を始めることになった。

 なにせ今度は政財界の後ろ楯も多少は居る。大がかりな武器販売なら負けはしな
い。

 彼は一転「軍備増強案」を打ち出し、これも見事通過させた。

 しかし商売にかけては、やはりあのライバルのほうが上手だった。国内でコチョコ
チョ小商いをしているドジ男を尻目に世界を相手の武器輸出でたちまち莫大な富を築
いていた。「チクショー…。何をやっても小癪な奴だ。こうなれば仕方ない。また逆
手をとってネジ伏せてやる!」

 ドジ男は突如、政治家を辞め、平和運動家に転身した。折しも世界的な反戦ブー
ム……彼の軍拡反対キャンペーンは国内外の熱狂的な支持を得て、どの国でも武器輸
入を劇的に削減する事となった。尚もその勢いを駆って、ドジ男は一躍国連総長とな
り、全面的な軍縮を実現してしまった。

 錆びついた在庫兵器を山ほど抱えた幼なじみが、さすがに窶れた顔でやって来た。

「全く参ったよ、お前には。俺が成功する度に足を引っ張るのは腹立たしいが、やる
事のスケールがデカイ。しかしこれで終わっちゃ俺も顔が立たん。最後の一戦だ。ど
んな手を使っても良い、相手より金持ちになったほうが勝ちという勝負で締めくくろ
う。期限は定年の年…六十才までだ。いいか…今度こそは負けんぞ!」

 それだけ言うと永遠のライバルは去っていった。しかし六十と言えばあと十年足ら
ず。その間に金儲けすると言っても、彼には自信がなかった。政治家や平和運動家
や、果てには国連総長にまでノシ上がった彼だが、どれも凡そ「儲かる」商売ではな
い。商売に関しては何と言ってもライバルのほうが上だ。手段を選ばずやられたら到
底太刀打ちできない事を彼は悟っていた。

「仕方が無い。今のコネを活かして、何か手を打つか…」

 彼は唯一の才能……人脈と人望だけを武器に窮余の策を練った。

 そして十年の月日が経ち、彼とライバルが六十を目前にした頃、そのライバルから
電話が掛かってきた。



「やぁ、久しぶりだな。何の連絡もしてなかったが、俺の仕事ぶりを知ってるかい
?」

「もちろんさ。表には出ないが、カゲで世界的なマルチ企業を全部配下に収めて、凡
そ儲かる商売はすべて独占状態なんだろ?」

「よく調べたな。さすが初代の国連大統領にまで出世しただけの事はある。しかし肩
書は凄いが所詮は名誉職だ。大したカネにはならないだろう?」

「まぁな。借金のほうが多いくらいだよ」

「それなら尚更都合が良い。どうだい、俺と手を組まないか?政治界のトップと経済
界のトップが手を組めば怖いもんなしだ。二人とも名実共に世界のリーダーになれる
ぜ」

「つまり……お前の軍門に下れって訳か?」

「まぁ、そうだな。でもそれでもっと巨大な権力を手に入れられる。そうすりゃ二人
そろって、本当の世界のトップになれるってもんだ」

「トップは二人も要らないよ。それに六十才の期限はまだだ。まだ勝負は着いてな
いって事さ」

「ふん。負け惜しみが強いねぇ。だけど、もう今から金儲けしたって間にあわない
ぜ。なにせ世界中のカネは俺が握ってるようなもんだからな」

 電話は切れた。そして長らくドジ役を務めてさせられて来た男は独り静かに呟い
た。

「金儲けしなくたって良いのさ。あいつが金持ちでなくなりさえすればな」

 間もなく世界連邦府から厳かに発表が行なわれた。

「奇しくも国連大統領が六十回目の誕生日を迎える本日、世界中の皆さんに重大なお
知らせがあります。…人類の平等な幸福と豊かさを実現するため、各国首脳及び知識
人が長年にわたり協議を重ねた結果、本日を以て全世界の国々が一斉に……共産主義
体制へと移行します…」

(完)

2004年01月28日11時44分50秒投稿

S.S☆「胎教音楽」☆     あや太郎



「先生−−おなかの赤ちゃんのために、どんな音楽を聞かせたら良いでしょう?」

「そりゃ、あなたが好きな音楽を聞かせれば良いんじゃないですか」

「モーツアルトの音楽なんか良いって聞いたんですけど…?」

「うーん、どうですかねぇ。別に作曲家にこだわる事はないんじゃないですか」

「あら、そうですか。でもやはり相応しくない音楽だってあるだろうし、趣味の良い
音楽のほうが良いんじゃありませんこと?」

「趣味と言っても個人の好き好きですから」

「よく耳にしますよ……モーツアルトの音楽は胎教に良いって」

「特に限定する事はないでしょう。モーツアルトの音楽でなくっても赤ん坊の生育に
は大差ないと思いますよ。少なくともモーツァルト自身は母親の胎内に居たとき、
モーツァルトの音楽を聞けなかった訳ですからね、ハハハハ」

「でも……それだからモーツアルトは、あんな変人に成っちゃったのかも…?」

(完)

2004年01月22日19時07分38秒投稿

隠居の上岡さん

先日のタ−ジンのラジオ番組で、タ−ジンがたまたま上岡さんとばったり出会った話
をしておりました。上岡さんは奥さんと一緒で、帽子を目深にかぶっておられたそう
な。
「ああ上岡師匠、どこへ行ってはったんですか?」
上岡さんはニコニコとしながら「カ・ラ・オ・ケ」やて。落語会にもよく来ておられ
るそうです。

隠居して、好きなゴルフ、マラソン、落語会に映画鑑賞、初老の日々をまさしく充実
して謳歌しておられるようです。

羨ましい限り。願わくば、ボクも仕事をリタイヤして好き勝手なことをやりたいもん
やね。
しかし、貯金があと27億3千万円ほど足らん。あ〜あ〜、辛いのう。

下駄屋の喜六

2004年01月21日00時18分58秒投稿

S.S☆「独裁者の日」☆     あや太郎



 二十一世紀の初頭……最も危険な国と言われた某国から、ついに核弾頭ミサイルが
発射された。政治的にも経済的にも追い詰められた独裁者国家の最後の足掻きだっ
た。

 文字通り奇跡の一発逆転を狙った核ミサイルは諸大国を目掛け、数発ずつ放たれた
が、照準外れや燃料切れので発弾となる物や、大気圏外へ消える不憫な物まで出る始
末。

 たまに着弾しかけた物も各国の迎撃ミサイルであえなく打ち落とされてしまった。

 しかし軍部と当局はそんな哀れな実情を伝えられない。例の如く、勝利のマーチに
乗せた勝利宣言が放送局から流れる。

「我が国の科学技術は勝利した。各国へ打ち出したミサイルはすべて敵を震え上がら
せ、威嚇の目的を果たした。その勝利を祝い、何発か宇宙空間へ打ち上げ、記念の人
工衛星とせり。かくも目出度たきや。偉大なる指導者に万歳!」

 そんな放送も束の間、早速各国からの報復攻撃が始まり、同国の軍事基地は巡行ミ
サイルと空爆で壊滅状態となった。しかし無論簡単に降伏するような国ではない。

「卑怯未練な諸外国どもが、助けてやった恩義も忘れ、見当違いな抵抗を見せた。し
かし軍事施設の被害は軽微なり。また敵は恐れて市街地には攻撃の手を伸ばせず。こ
れまたすべて偉大なる指導者の威光なり。万歳!」

 間もなく、政治、軍事関係の幹部が続々と国外へ亡命した。偉大なる指導者おかか
えの放送局も一段とトーンを上げて頑張る。

「政治、軍事部門の幹部を刷新!より一層強固な国家体制を作るため、我らが賢明な
る指導者は頭の古くなった上層部を総入れ換えし、より優秀なる人材を登用した。
あぁかくも偉大なるかな、我が指導者よ……万歳!」

 と言っている内にも、国家の命運は尽きかけていたが、そこは賢明なる指導者……
厳しい現状に気づくや早々と手を打った。それを伝える放送が録音で流れる。

「あぁ、とこしえに偉大なる我らが指導者よ!しかし今度は国民である諸君がその敬
愛する指導者に尽くす時が来た。指導者は、とある理由で海外に雄飛せられた。そこ
で指導者が留守の間、諸君は偉大なる指導者の事を忘れなければならない。いや、我
らの偉大なる指導者は元々居なかったのだ−−と、会う人ごとに答えてもらいたい。
そう…偉大なる指導者は最初から居なかったのだ。もしこのあと海外から色々な連中
がやって来て、道行く諸君にあれこれと質問など仕掛けた時も、諸君は何食わぬ顔で
首を振り〔指導者?そんな人知らないよ〕と答えなければならない。それこそ我らが
偉大なる指導者に対する恩返しであり、我ら偉大なる国家の将来と繁栄を約束するも
のだ。そうしていれば、いずれ偉大なる指導者はこの偉大なる国家に立ち戻り、また
更に偉大なる国家を建設するであろう。それまで偉大なる指導者の尊顔を拝せず、居
たことすら忘れるのは大変な努力が必要だが、偉大なる国民である諸君ならできる。
必ずや成しえる!偉大なる国家と人民のために、しばし奮闘してくれたまえ。繰り返
し命ずる。指導者の事は知らないと答えよ。いや、いっそ指導者は居なかった事にし
てほしい。そしてジッと待て。耐え忍べ。そうすればこの国は必ずや繁栄を極めるで
あろう。…万歳!万歳!」

 かくして偉大なる指導者を失った国家は間もなく…本当に繁栄を迎えたのであっ
た。

(完)

2004年01月19日14時24分58秒投稿

S.S☆「おのろけ」☆     あや太郎



 出版関係者が一人、手持ち無沙汰にお茶など飲んでいた。

 近頃これという話題もなく、売れ筋の企画探しに行き詰まっているという体であ
る。

 そこへフラリと顔なじみの元芸能人がやって来た。身体を壊して芸能界から身を引
いた男で、相変わらず顔色は悪いが何やらニヤニヤと嬉しそうにしていた。

「どうしたんだい?何か良い事でもあった様子だな」

 記者魂と好奇心でついつい理由を訊いてみる。

「うん。実はもうすぐ結婚する事になったんだ」

「なるほど、それは嬉しそうにしてるはずだ。相手はどんな人?」

「帰国子女って言うか、高校からアメリカで暮らしていて、つい去年帰国したばかり
なんだが、身体を壊して病院通いしてる時、通院してる僕と出会って、話すように
なってね」 照れながら、馴れ初めを話しはじめた。

「そうか。で、キミがちょっとした芸能人だったって事は知ってるの?」

「いや、ちょうど向こうで暮らしてた時期の事だから、まるで知らないんだ。それで
却って打ち解けやすかったんだろうな」

「なるほど、そのほうが気楽だろうな。それでキミはもう身体のほうも良くなったの
かい」 外見的にはそうも見えないが、結婚する気になったからには回復の目処も
立っているはずだ。しかし−−

「いや、良くもないんだ。スッキリ治る病気じゃないんでね。でもそれでも良いって
彼女が言ってくれたんだ。責任のある結婚をできるかどうか不安もあったんだが、た
とえいつ死別する事があっても悔いはない…残る時間を大切に生きるための結婚なん
だからってね」 話は思ったより深刻になってきた。

 男の眼は潤んでいるようにも照れ隠しの笑みを浮かべているようにも見えた。迂闊
なコメントも出来ないので、編集者は無難なほうに話を移した。

「それで−−彼女のほうは元気になったんだね。キミを支えて行こうという女性なん
だから…」

「いや、彼女もまだ治る目処は立たないんだよ。そういう病気だからね。でももちろ
ん僕のほうに異存のあろうはずは無いさ。僕がいつまで生きられるか分からないの
に、結婚を同意してくれる人なんだから、今更そんな事に不安なんか感じないよ」

 いよいよ話が難しくなって来た。暇つぶしのお茶を啜りながら交わして良いような
会話内容なのだろうか。

「それは…なかなか大変なようだが…彼女もかなり難しい病気なのかい?」

「実は、二人とも同じ病気なんだ」

「同じ病気?それで…その病気ってのは…?」

「あ、そうか。そう言えばアンタに病気の事は言ってなかったね。実は僕たちHIV
なんだよ」「HIVと言うとあの…?」

「そう−−いわゆるエイズだよ。かなり進んじゃったからね。色々な薬が出来た今で
も、体調が持ち直すにはちょっと手遅れかもしれない。いや、そんな悲観的な事はも
う考えない事にしたよ。そのうち完治する治療法も出来るかも知れないし、仮にあと
数年の命だとしても、その残る人生を有意義に、幸せに暮らす事が僕たちの結婚の
テーマだからね。今は二人が出会えた事が何より幸せな事だと思っているよ」

 話す男の眼が潤んでいるのか微笑んでいるのか、編集者にはますます見分けがつか
なくなってきた。

 いよいよ言葉に困った編集者は逆に勇気を奮い起こし、思い切った提案をしてみ
た。

「キミたち−−そんな素晴らしい出会いをして、そんな感動的な結婚をしようという
んだから、それを皆に聞かせない手はないよ。本にしてみたまえよ」

「いやいや、そんな事は出来ないよ。すべてはここだけの話さ。ひとに話すような事
じゃない」

「そんな事ないって。きっと感動する人や、励まされる人がいるはずだ、この経験を
書いてみてくれないか。いや、自分で書くのが大変なら、こちらで聞き書きしても良
い」

「待ってくれよ。アンタは何のつもりで聞いたのか知らないが、僕は別に特別な話を
してるつもりはないんだぜ」

「えっ?」

「至って私的な、日常的な話じゃないか。つまり知り合い同士だから持ち出した、単
なるおのろけ話さ。そんなものを改めて世間に公開してどうするってのさ」

「単なるノロケ…?」

「そうじゃないか。病人同士が、いろんな心配はあるけれども、好きだから、もうそ
んな事は構わない。取り敢えず一緒になっちまおう−−それだけの話なんだぜ」

「まぁ、そう言えばそうだが…」

「我ながら、ちょっぴりロマンティックな結婚だとは思うが、別にビックリするよう
な、特別変わった話でもないと思うぜ。だから、単におのろけをアンタみたいな知り
合いに聞かせたって訳さ。とてもじゃないが、世間に言いふらすような話じゃない
よ。それじゃ、中年男のおのろけに付き合ってくれて有り難うよ。バイバイ−−」

「バイバイ…」

 そうか…普通の「おのろけ話」だったのか−−編集者は我に帰ったようにそう呟い
た。

 もう友人の眼が潤んでいたのか照れ笑いしていたのか−−−そんな事も気にならな
くなっていた。

(完)

2004年01月16日22時10分23秒投稿

S.S☆「ウソから出たニュース」☆     あや太郎



 今、一人の印刷業者が復讐を誓っていた。

「コケにしやがって…」

 忙しい時には、設備投資をさせといて、ひとたび不景気になると、やれコスト削減
だの、経費節減だの、下請けの印刷会社に「泣かせるだけ泣かせて」自分らだけが生
き残ろうとする。

「もう少し痛みを分け合おうという気があれば、アイツだって死なずに済んだんだ」

 リストラという名の首切りで、唯一の従業員をクビにした。あとで新妻に子供が出
来た事を知らされた時には、もうその元社員はクビをくくっていた。新妻はショック
の余り流産し、体調を崩して入院したままだという。

 他人事ではない。従業員の代わりに無理を押して印刷の仕事を手伝っていた経営者
自身の妻も怪我や病気が絶えず、あの従業員の自殺をも気に病んでか、ついに精神科
病棟に収容されてしまった。

「仕事が滞るかも知れませんが…」

 そんな会社の事情を例の出版社にほのめかした途端、向こうはまるで渡りに舟とば
かり発注先を新興の印刷所へと切り換えた。最新機器を備え、しかも仕事始めという
事で、優遇料金だったらしい。

 かくして中小印刷会社には、開店休業の輪転機と失業状態の社長一人が残された。

「何もかも無くしたのか…」

 仕事も家族も仲間もすべて−−しかし、それでやるべき事が無くなった訳ではな
かった。

「復讐だ。もはや復讐あるのみだ!」

 あの憎っくき大手出版社にせめて一太刀浴びせるのだ。ひと泡吹かせてやるのだ。
いや、それだけでは腹が収まらない。あの会社をせめて一時でも傾かせてやらねば、
気が済まないではないか。

 その大手出版社には人気週刊誌があった。

 比較的お固い内容だが、知識人のみならず一般サラリーマンから主婦、学生まで、
分からないなりに読んでいるという、一種ステイタスの高い雑誌である。親会社の新
聞社とのつながりも有って、いわゆる「信頼に足る」というイメージを作り上げてき
た老舗週刊誌であった。

 ある日、あろう事かその週刊誌の「号外」が出た。

 新聞ならいざ知らず、週刊誌の号外など本来は存在しないのだが、「臨時号外号」
と銘打たれたそのタブロイド版は街なかに蒔き散らされ、その記事内容はアッと言う
間に世間に広がった。それはこんな内容だった。

「首相をめぐる賄賂疑惑!」

「テロ事件の真犯人は、やはり○○教団!」

「破局直前…話題のカップル!」

 まさかと思える内容と、仮に真実でも実名を出すのは憚られる時点での露骨な公表
だけに、世間もマスコミも騒然となった。

 無論、ダシにされた週刊誌は「無関係」の立場を強調し、その論証に血眼となった
が、思いのほか手の込んだ「号外」で、印刷用紙やインクから、活字、レイアウト、
写植から見出しの入れ方、記事の文体まで、同紙の「癖」を掴みきったニセ物だっ
た。

「ほら、ここも…ここも…こういう所までそっくりです」

 ワイドショーではレポーターたちが大はしゃぎで、類似点を指摘する。

 出版社にはもう犯人の目星はついていた。しかしそれを証明するまでに、同社の週
刊誌には「勇み足記事」のイメージが色濃く浸透しはじめていた。

 踏み込んだ警察と出版社員たちの目の前に、印刷会社社長の姿はなかった。

「仕事が無くなったんで店じまいして、どこかで商売替えしてるらしいですよ」

 近所の人間はそう説明したが、無論信用はできない。かと言って、犯罪者が逃亡し
たと断定するに十分な証拠も残ってはいなかった。

「原盤やこれまで発注した原稿類の跡形も無いな」

「それが何よりの証拠だよ。ニセ号外を出したのは私ですって言ってるようなもん
だ」

「それを証明する為にも、ともかく本人を捜し出さねば」

 とは言え、まだ指名手配の写真を全国に放映できる段階ではない。

 あとホンの少しの間、じっと隠れているだけで、出版社のイメージをおとしめ、あ
る程度の復讐を遂げるには充分そうだった。

「してやられたな…」

 復讐を受けた側はタメ息をつくほかなかった。

 しかし予想外の事が起こった。事実は小説より奇なりと言う通り、偶然にもあのニ
セ記事の一つが真実と判明したのである。

 某所で起きた有毒ガス発生事故が、実際に某カルト教団のテロ未遂だった事が判明
したのだ。しかも例の号外に驚き、慌てて化学薬品類を処分しようとした同教団の不
手際から事実関係が発覚したというのだ。教団本部には捜査の手が入り、テロリスト
たちは逃亡の最中だという。

「お手柄、ニセ号外!」

 ひとたび「手柄話」のイメージが出来上がると物事は良い方向に転ぶものか、同出
版社の編集各位はつぎつぎとニュース番組に招かれ、怪我の功名のようなスクープを
解説しつつ、いつしか一件の取材の先駆者のような扱いで持て囃されるようになっ
た。

「これは正に瓢箪から駒、ウソから出たマコトだな。あの印刷屋もニセ号外を出して
我々に嫌がらせをしたつもりだったのに、とんだ目すりだ」

「今頃、どこかで歯ぎしりしてるでしょうね」

「やけ酒飲んで、悔し涙ってとこか、ハハハハハ」

 不愉快な目に遭ったあとの「棚ぼた」に思わず出版社の面々が有頂天になっている
時、編集部に一個の小包が届いた。

「おや、何かお祝いの品でも届いたのかな?」

 ピンクのリボンでくくられた小包を開けた瞬間、小さな爆発音と共に刺激臭の強い
ガスか溢れ出た−−。



 そのホンの半日ほど前、こんな号外が教団本部付近でバラ蒔かれていた。

「号外、号外
○○教団のテロを暴いたのは、編集部の××記者と△△編集長…」


 そしてその夕刻早々バラ蒔かれた続報にはこんな記事の見出しが毒々しく踊ってい
た。「××出版編集部で毒ガス騒ぎ。○○教団の復讐劇!」

 これが誰のスクープなのか
誰が本当の実行犯なのか
もはや捜査は予断を許さなくなっていた。


(完)

2004年01月14日14時50分48秒投稿

S.S☆「赤潮」☆    あや太郎



「赤潮発生−−赤潮発生−−」

 各地の沿岸地域で警報が流れた。

 海水浴場では子供らがつぎつぎ浜辺に上がり、魚の養殖場では漁師たちが慌ててオ
イルフェンスならぬ赤潮フェンスを張ろうと奔走する。

「今年もまた赤潮の発生する季節になりました。と言っても、近頃は夏だけではなく
春夏秋冬、それぞれひと月ずつもの長い期間に発生するようになってしまいました。
これはやはり地球環境の悪化が原因でしょうか、先生?」

「間違いなくそうでしょう。われわれは環境を壊しすぎました。大気や海水を汚しす
ぎました。赤潮のような異常で有害な現象がこれほど増えてしまったのは我々のせい
ですし、またこれすべて人類へのしっぺ返しと言うべきでしょう」

「実に心配な状況です。ひとえに人類の将来が憂慮されるところですので、皆さんも
環境保全にどうぞご協力ください−−」

 そのあとも、赤潮現象は更にひどくなった。

 慌てた人類は尚一層の環境保全策を取り、かなり思い切った「地球に優しい生活」
を確立すべく努力を始めた。そのせいか、間もなく自然環境全般は大いに改善され、
人体や他の生物に有害な廃棄物や排出物もほとんど無くなり、地上の生命は自然と文
明のバランスが取れた理想の環境を手に入れる事が出来た。

 他の動植物たちと共に快適に暮らす人類だったが、一つだけ不便な事があった。

 それは海水浴が出来ない事だった。これだけ地球環境が改善されたというのに、何
故かあの赤潮だけが無くならないのだった。

「これだけ環境保全をしても尚発生するんだから、もう仕方ないですな」

「それに海辺の環境が悪いだけで、それ以外には大過なさそうだし、ほっといてもイ
イんじゃないですか」

2004年01月12日15時36分56秒投稿

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