過去のドンドコ掲示板
2002年12月16日〜31日

S.S☆「人間の限界」☆     あや太郎



 花婿探しに励む女神がいた。

 道中、訪れたのが地球。とある国の、とある街角で老婆に扮し、とある交差点でウ
ロウロしていると、そこは慣れぬ身、行き交う車のクラクションに追い立てられオロ
オロしておった。

「おばあさん・・・そんな所で立ち止まっちゃ危険だ。僕が手を引いてあげましょ
う」

 風采は上がらぬが気の良さそうな男が親切に道を渡し、そばの公園まで誘導してく
れた。

「これはこれは親切なお方。お礼に何か一つ、願い事を叶えて上げましょう。遠慮せ
ずに言うてください」

「願い事?これぐらいの事で見返りなんか貰っちゃ、あとで笑いものになりますよ。
それに・・・」

「こんな婆さん、何が出来るもんか……と思っておるな?」

「い、いや、そんな事は……。それに、いきなり願い事なんて言われてもねぇ」

「ならば、あなたの夢でも良い。どんな夢をお持ちかな?」

「当面の夢と言えば……やっぱり、小さくても良いから自分の家を建てることかな。
そうなれば堂々と嫁さん探しも出来ますからね」

「と言う事は、まだ独り身じゃな。それは好都合・・いや、それでは夢を叶えて上げ
ましょう。チチンプイプイ……」

 気が付くと男は小さい家の前に居た。表札も名義も自分の物に違いなかった。

「何てこった…。あれは魔法使いのお婆さんだったのか?」

 質素だがお洒落な家だった。大いに気に入って友達、知人にもお披露目し、恋人候
補たちも招待して宣伝にこれ努めたが、不思議と縁談話には発展しなかった。

 ある日のある夕間暮れ、いつぞやの公園で一服していると、女の子の泣き声が聞こ
えた。

 行って見ると下水溝の端で中を覗き込んでいる。

「危ない危ない、落っこちたらどうするんだ。何?……人形を落としたって?」

 見下ろすと泥水の中に良くある着せ替え人形が浮いていた。間もなく地下の下水道
に吸い込まれる。

「長い棒も網も無いか……。えーい、しょうがない」

 男は思い切って溝へ飛び込み、泥だらけになって人形を拾ってやった。

「おじさん、ありがとう。本当に親切な人ね。お礼に何か願い事を一つ叶えて上げる
わ」

「願い事?」

 忘れもしない、あの時の世にも不思議な台詞と同じではないか。

「ま、まさか、キミはあの時の……?」

「そんな事はイイじゃないの。早く願い事を一つ言って!」

 言っても損は無い。男はとっさに大きな夢を吹っかけた。

「お、大金持ちにしてくれ。この国でもトップテンに入るような」

 気が付くと男は豪邸に居た。秘書、執事、メイド、コックが次々出てきて挨拶す
る。ここが自分の家である事はすぐに確認できた。

 経験した事の無い豪華な暮らしが始まった。

 名士だ富豪だと持て囃された。

 何故か今回も花嫁には縁が無かったが……。

「いよっ、社長!大将!大統領…!」

 持て囃されるのに疲れて、男はそっと屋敷を抜け出し、いつしか例の公園でベンチ
に腰掛けていた。

「ニャ〜〜・・・ニャ〜〜ゴ……」

 悲しげな猫の鳴き声が聞こえてきた。

 ワンワン!という犬の吠え声も。

 木に避難して怯えている子猫を大きな犬がからかっているように見えた。

「警備員を呼ぶのも大人気ないし・・・。よっしゃ……ウー、ワン!」

 富豪になった男は犬の背後から突然大声で脅かしてみた。

 不意を突かれた犬は尻尾を丸めて逃げ出した。

「もう犬は居ないよ。安心しな」

 男は楽しげにベンチに掛け直した。大声を出して発散できたのかもしれない。

「またまたアリガトウ。金持ちになってもアナタは優しいわね」

 ギョッとして見回したが誰も居ない。

「まさか猫が・・・」

「そんな事どうでも良いじゃない。私はあなたを見守っている謎の声。さぁ、また願
い事を一つ叶えて上げましょう。次は何をお望み?」

「ふむ。誰かは知らないが、魔法のような力を持ってるのは間違いない。それじゃ、
叶えてもらおうか。……僕を世界の王様にしてくれ。お金だけじゃ駄目だった。権威
や権力がないと何も出来ない」

「分かったわ。この星の王様にお成りなさい。チチンプイブイ〜〜」

 陳腐な呪文だが霊験はあらたか―――男は一瞬にして世界を統一する王となった。

 絶対権力者の王の下、世界には国境も政治体制の違いも無くなった。民族紛争も経
済戦争も消え去り、人種、文化ね言語、宗教間の諍いの無い平和な地球文明がたちま
ちの内に出来上がった。

 大仕事を終え、男は自分の時間を楽しむことにした。

 何と言っても「ハーレム」である。

 世界中の美女を呼び寄せ。今まで何故か縁の無かった艶っぽい生活に没頭した。

 ところが何故か心は満たされなかった。愛人や遊び相手は山ほど居るのだが、心の
通じ合うお妃が見つからないのだ。

「なぜだろう?対象が多すぎるのか?情の無い女ばかり選んでしまったのか?まる
で、誰かが通せんぼしてるみたいだ」

 その通り―――婿探しの女神は、心の通い合うような関係だけは、どこかでシャッ
トアウトしているのだった。

「何だか、淋しいもんだ」

 平和な世界を実現して、遊ぶだけ遊ぶと、あっと言う間に人生を持て余してしま
う。

「この地上では、これ以上する事も無い」

 男は大胆にも一市民を装い、お忍びで旅に出た。

 そんなある日、山道を歩いていると可愛いタンポポの花が目に止まった。

 一服して、景色を眺めていると、大型のトラックがやって来て道路工事を始めた。

「無粋なことをするもんだ」

 苦い思いで見ていると、何と道端の可憐なタンポポのあたりを舗装し始めた。

「待ちなさい。花が咲いているのが目に止まらぬか。枯れて種を飛ばしてからにして
やりなさい」

「何だ、あんた?工事の邪魔をする気か?この工事は王様お声掛かりの経済格差/劣
等改造計画の一環なるぞ!この紋章が目に入らぬか?」

「それなら私の顔も目に入らぬか?」

「顔と言うと・・・あっ、他でもない王様・・・ヘヘーイ・・・」

 と一同平伏して野の花々はしばらく咲き誇る事が出来た。するとそのタンポポの花
が・・・

「さすが!王様になっても小さな花に目を止めてくれる・・・あなたは本当に良い男
!」

 もう何度も聞いたあの声が囁いた。

「まさか花の妖精までヤッてるとは思わなかった。一体なんでいつまでも僕の前に現
れるんだい?」

「それは、あなたが気がかりだからよ。さぁ、おっしゃって。今度はどんな願い事
?」

「またか。しかし今の暮らしで満たされてない事は確かだ。厚かましいついでに、夢
を見させてもらおう。今度は……この大宇宙を支配する王……創造の神様にしてくれ
るかい」

「良いわ。それじゃ、チチンプイプイ・・・」

 男はついに宇宙の支配者になった。

 心は広大な宇宙全体に遍在し、すべての星のすべての生き物の、すべての声とすべ
ての心が見て取れるようになった。男は、どこにでも行き、何でも目の当たりにし、
今すべての謎を解き明かす事が出来たのだ。

 心や肉体を超えた自身の「存在」が宇宙の隅隅を旅した。

 そんなある日、ちょっと故郷の地球に似た美しい星に遭遇した。

 優しく美しい人々が住み、平和に幸福に暮らしていた。

 そんな星に緊張が走った。巨大な隕石が急接近していたのだ。

 皮肉にも、平和を愛する住民達は、そんな隕石を破壊する手段を持たなかった。

「助けて、お願い、神様・・・」

 神となった男には造作もない事だった。

 目に見えぬ巨大な手の平を、星と隕石の間に差し入れ、指先でポンと隕石を弾い
た。

 細かい流れ星が綺麗に夜空を彩り、星は救われた。

 その瞬間、星は更に眩く輝くと、一人の女神の姿になった。

「あっ、あなたは……?」

「私が女神です。あなたに心惹かれ、ずっとあなたを見守り続けていた者です」

「へぇ、女神様が。一体何故そんな事を?」

「それはまだヒ・ミ・ツ!その前に、あなたの願いを一つ叶えて上げます。さぁ、何
か゛お望み?」

「願いと言われても、さて今のところ……」

「今は良いわ。だけど、いつか必ず退屈する日が来る。そんな事がないように、何か
を願いなさい」

「ふーむ、困ったなぁ。最初の生活に戻るのも芸がないし、富豪も王様も飽きちゃっ
たし・・・」

「宇宙の主だって、いずれは飽きてしまうはずよ。だから、もっと上を目指しなさい
・もっと上の存在を。それが最後のテストなのよ。もし失格すれば、あなたは消え
去ってしまう」

「えっ、消えてしまう?そんな勝手なことを言われても。えーっと、宇宙の支配
者……神様以上の存在か……うーん、いくら考えても分からない。もうギブアップだ
・・・あああ〜〜!・・・」

 何と男は本当にすべてを失い、跡形もなく消えてしまった。

 あとには不機嫌そうな若き女神だけが残っていた。

「あーあ、また幻滅。これで十人目だわ。みんな神様以上の存在を想像すらできない
なんて、ガッカリだわ。私だって女神よ。いずれは神様の暮らしに飽きちゃうだろう
し、その時、もっと面白い世界を作ってくれる彼氏を求めてるのに、ちっとも期待に
応えてくれない。やっぱりこれが人間の想像力の限界なのかな……」

 女神は、あちこちから寄せられる若き神々との見合い話を断る言い訳を考えなが
ら、また想像力のありそうな種族を探す旅に出た。

   ――――完―――――

2002年12月30日23時21分55秒投稿

S.S☆「寝返り美人」☆     あや太郎



「全く、気位が高くて困ったもんだ」

 マネージャーの金井がボヤいた。

 人気女優だった閑田洋子が事務所から独立したとき、ついて出たのが間違いだっ
た。

 干されるどころか、事務所にとって嵩高くなっていた閑田はアッサリと独立を認め
られたものの、新しい仕事は微々たるものだったのだ。

「思えば、ピークを過ぎてたんだな」

 若かりし頃の閑田に一種の憧れを抱いていた金井は、ナイト気取りで彼女の独立に
付き合ってしまったのだが、個人事務所を開いたあとの凋落ぶりは惨憺たるものだっ
た。

「あら・・・いつもの化粧水が切れてるじゃないの。純粋コラーゲンのクリームも無
くなりかけてるわ。金井さん、ちゃんと買い置きしてくれないと駄目じゃないの。女
優はお肌が命なんだから」

「申し訳ありません。でも、まだまだ洋子さんは化粧品に頼らなくても大丈夫です
よ。いつまでも若々しいんだから」

「ホホホホ。そりゃ美容には気を配っていますもの。寝る時だって、決してうつ伏せ
にはならないのよ。肌や髪型だけじゃなく、皮下脂肪や軟骨なんかも変形する事が有
るらしいわ。もしそんな事にでもなったらイメージダウンだもの。……そう言えば、
前の事務所のあの子、鼻ぺチャで瞼も腫れぼったいわ。あれ、きっと俯伏せに寝る癖
が有るのよ。駄目ねぇ、女優の心得が無い子は。あれじゃすぐに消えちゃうわね、ホ
ホホホ」

 辞めた事務所の人気若手女優の事だ。愛嬌の有る顔立ちで好感度が高い。閑田の人
気と交差するように赤丸上昇中という所か。

「あの子の半分でも仕事があればねぇ……」

「えっ?何か言った?」

「い、いえ。閑田さんの半分でも…見習ったらイイのに、と思いましてね」

「そうそう。半分って言うと、あの小娘に事務所が十億円の保険をかけたんですって
よ。まぁ、セコイ話題作りだろうけど、私の時には何もしてくれなかったわねぇ。ヤ
な感じ。

……そうだわ、こっちも負けずに高額保険でも掛けて見ましょうか」

「えっ、保険を?」

「そうよ。例えば二十億円とかね。女優としての格を世間に認識させるのよ。それに
は金額でハッキリ差をつけるほうがいいわ。えぇ、そうしましょうよ。早速保険会社
に交渉して」

「でも、そんな保険なんて・・・」

 とても保険料を払えない、と言いかけた時、ある考えが金井の脳裏を掠めた。

「分かりました。いや、そりゃイイや。不景気な話の多い近頃、夢があるじゃありま
せんか」

「あら、いつものファンデーションも切れてる。金井君、いいかげんにしてよ。ボン
ヤリしてるようなら、クビよ。役に立たないマネージャーなんて何の値打ちもないん
だから!」

「ハイハイ、ただいま……」

 いつもはムカつく女優の癇癪が、今は心地よい序奏に聞こえた。

「保険か……」

金井にとって正に夢のある話が降って涌いた瞬間であった。

   ――――・

手早く高額保険の契約を済ませた後、そんな事などすっかり忘れている閑田のグラス
に、金井は作り笑顔で高給ワインを注いでいた。

「まぁ、嬉しい。田西川先生の舞台に主役で是非、だなんて。ずいぶん……いえ、
ちょっと久しぶりに良い話じゃない。嬉しいわ。今夜はワインの味も格別ね」

 そのはずだ。売れている時にだって飲ませた事の無い高級品だ。しかも大舞台の人
気演目への出演依頼という美味しい肴がついている。もちろん肴のほうは金井の手作
り……ホラ話ではあるが。

「フフフ、気持ちよく酔っちゃった。もう駄目。休ませて」

「何なら、ベッドまで抱き上げて行きましょうか?」

「バーカ。誰が、あんたなんかに。酔っ払っていても相手は選ぶわ。女優は女王様。
マネージャーは家来。身分を弁えて、自分の家へお戻りなさい。ハウス!……ホホホ
ホホ」

 癇の立つ嬌声が響く。いつもいつもこうだった。こんなに持ち上げて気分良くそさ
せた後でも変わらない。

「だから、愛想が尽きたんだ」

 しかし、却ってその方が有りがたかった。

「では、帰ります。ごゆっくりお休みなさい」

「オヤスミ〜〜……」

 もうソファで寝息を立て出した。

「睡眠薬が効いてきたな。これからが大仕事だ」

外へ出たフリをしたあと、またそっと部屋へ忍んで来た金井はゴム手袋を嵌め、用意
しておいた眼だし帽の出で立ちでテラスへ出るガラス戸を開けた。

「涼しい風、綺麗な星・・・空を飛ぶには良い夜ですよ。さぁここから飛び降りても
らいましょうか」

 酔っ払って、涼みに出たところで手すりから転落……という筋書きだ。

「落ち目の女優が自殺目的で……という事にしても良いし、保険金だって、借金や事
務所への恩返しと取れば、美談になるかもな」

 寝息を立てている閑田をそっと抱きかかえようとした時、予想に反して彼女が顔を
上げた。そして眠そうに金井を見た目が大きく見開いた。

「きゃっ、何をするのよ、嫌らしい!ケダモノ!」

 睡眠薬がまだ効いていなかったらしい。

「警察を呼ぶわよ!あんたなんか、もうクビ・・・」

 言い終わる前にワインの瓶が女優の顔面にめり込んでいた。

 細い分厚いガラス瓶は割れる代わりに彼女の眉間を叩き割っていた。

「どこまでも高慢ちきな女め……」

 騒がれると拙い……とっさに殴りつけたのだが、この高慢ちきな顔を殴りつけたの
は長年の恨みから来たものかも知れなかった。

「しかし困った・・・」

 幸い血痕や瓶の破片は飛び散っていなかったが、恐らくは陥没したであろう顔面の
傷を上手くカムフラージュせねばならない。

「えーい、もう運任せだ……」

 金井は女優の身体をテラスへ抱え出すと、何と力いっぱい頭上に持ち上げ

身体の前面から落ちるように十メートルほど下の駐車場へと投げ捨てた。

 閑田洋子の身体は案の定、真っ直ぐに落下し、顔面からコンクリート路面へと叩き
つけられた。上からは背中と後頭部だけが見えている。それをしつかり確認すると、
金井は証拠になりそうな物を処分し、駐車場とは反対方向の出入り口から、防犯カメ
ラの死角を縫うようにマンションを出た。

 翌朝早く、警察から連絡があった。

「今ごろ発見されたという事は、目撃者もいなかったようだな」

幸先良しという気分をグッと呑み込み、沈痛な、しかも寝起きの顔を装って金井は現
場へ駆けつけた。

「転落が事故か自殺かまだ不明なんですがね」

「いずれにして、私は命の半分を失った気分です。トホホホホ……」

 くさい芝居をしながら様子を探る。自殺の線なら充分に動機も用意してあるし。

「それに……事件の線も強くなって来ましてね」

「事件?つまり誰かに殺されたと?」

「そうなんですよ。閑田さんの顔に打撲の跡がありましてね。それが頭蓋骨陥没とい
うほどの深い傷なんですよ」

「頭蓋骨陥没……」

「ひどい傷でどうやって付けられたのかも判らないぐらいなんですが、殴った後で、
突き落とされた可能性が高いんじゃないかと」

「顔の打撲……。でもそれは飛び降りたときの怪我じゃないんですか?あんなに炉か
ら高い所から落ちたんですから」

「いや、それがどうも、落ちたときの傷ではないらしいんですよ。鑑識のほうも、ひ
どい傷なんで、まだ断定しかねてるようです」

「いや、だって、そんなひどい傷なら、やっぱり落ちた時のものでしょう。顔面から
落ちれば当然、顔の骨だって陥没するでしょうし……」

「いや、閑田さんは顔面から落ちたとは断定できないんですよ。なにせ、発見された
ときには、うつ伏せではなく、上半身をねじって、顔は上へ向いていましたから」

「う、上を?そんな馬鹿な……」

「何かご不審な点でも?……それに、あなたはさっき、顔面から落ちたと言ってまし
たね。なぜそんな事が分かるんです?まさか現場を……?」

「あ、あわわわわ・・・」

「詳しいことは本署でお聞きしましょうか」

「・・・!」

 女優は顔が命。どんなに熟睡していてもうつ伏せのままでは居ないのだ。

転落直後、彼女は無意識の世界で寝返りを打とうとしたのだろう。

まだ息が有ったのか?―――いや、息が有ろうと無かろうと、女優はその顔を仰向け
ようとしたに違いない。

恨めしげに、しかし誇らしげに・・・。

――――完―――――

2002年12月29日22時39分12秒投稿

S.S☆「見てない強み」☆     あや太郎



「安楽先生、お邪魔します。お体の具合は如何ですか?」

「おぉ、駒込警部。ご心配無く。年甲斐も無くスキーで足を捻挫しただけさ。日にち
薬だよ。それより退屈でしょうがない。何か珍しい事件でも起きてないかね」

「はぁ。犯罪心理学の権威には物足りない事件なんですが、どう見ても実行犯のくせ
して、シラを切り続けてる容疑者がいましてね、自白させるのに手間取っておるんで
すわ」

「ほぉ、それはどんな事件です?」

「人の叫び声がして、警官が駆けつけると、路上に血まみれの男が倒れてましてね、
メッタ刺しの惨たらしい死体だったんですが、その横に出刃包丁を持ち、返り血を浴
びた若い男が、怯えた顔で『俺がヤッたんじゃない!』と繰り返してたんですよ。そ
のそばには目撃者が一人、呆然と立ちすくみ、眼で警官に救いを求めていたという状
況でね、警官は即座に若い男を現行犯逮捕し、今、取り調べを進めてるという訳なん
ですがね。まぁ、極めて分かり易い殺人現場なのに、当の犯人は白々しく否定した
り、記憶が曖昧になってるフリをしたり……いやはや往生際が悪いというか、困った
もんです」

「ふむ。しかし分かり易い状況にも見落としはありえるからね。先ず、三人の関係と
犯行の動機はどんなものなのかな?」

「殺されたのは、若い男の叔父で、かなりの資産家のようです。妻子が無く、この甥
の事も結構可愛がってたみたいなんですが、恩を仇で返すというか、この甥っ子は札
付きのチンピラで、どうも叔父を殺して遺産をせしめるつもりだったようなんです。
人けのない裏通りに叔父を呼び出して、こんな事をやらかしたんですから」

「それじゃ、その目撃者というのは?」

「叔父の義理の弟……つまり亡妻の弟です。やり手で信任も厚く会社の番頭役で、No.
2と言ったところですか」

「すると会社の相続権なんかにも絡んで来るわけだね。ならば第三者の営利目的の犯
罪に、絡んで来る可能性も無くはないな」

「でも、先生。状況が状況ですからねぇ。甥っ子は犯行に使われた包丁を振り回し、
返り血を浴びて血まみれ。自供もしどろもどろなんですよ。まぁ、かなり酒が入って
たようなんですがね。一方、目撃してた番頭さんは、身体に一滴の血も付いておら
ず、現場の説明も納得できるモンでした。……気になって後をつけたら、叔父・甥が
揉み合っていたんで、止めようとしたが間に合わなかったそうです。犯行後に素早く
すり代わったり甥っ子と共謀してヤッたとも思えません。二人は犬猿の仲でしたから
ね」

「止めようとしたのに、一滴の血も付いてなかったのかい?それとも、あっと言う間
に甥が叔父ゎメッタ刺しにしたんだろうか?…唯一可愛がってくれてた叔父をメッタ
刺しにするのも妙な話だが、もう一つ・・・警官が聞いた叫び声は、誰の声だったの
か…判明してるのかな?」

「あ、いや、それは……当然、被害者が刺された時の物だと……」

「確認しておく必要がありそうだ。警官を呼ぶための偽装工作かも知れないから」

「偽装だとすると、声の主は目撃者の番頭?」

「それ以外の者かも知れない。第四、第五の人物も考慮に入れておくべきではないか
な」

「共謀か。かなりの財産ですからね。社内に共犯者が居ないか調べてみます」

「甥っ子は酒を飲んでたそうだけど、飲ませた人物も捜しておいてほうがいい」

「言われてみると怪しい、不可解な事ばかりだ。返り血を浴びて包丁を振り回してい
るチンピラという状況証拠だけで犯人だと決め付けたのは迂闊でしたね」

「幸い、私は現場を見ていなかったから冷静に分析できたのかも知れない。

見てない者の強みとでも言うべきか、面白いもんだね」

「全くです。それにしても危ない所だった。安楽先生のお蔭で捜査は全然違う展開に
なりそうですよ。これは面白くなって来た」

  ―・――――

間もなく松葉杖を付いた安楽教授が本署を訪れた。

「これはこれは先生。もうお怪我のほうは?」

「昨日退院したんだ。思ったより僕も若いようだ。意外に回復が早くてね」

「頭脳のほうは更にお若いですな。先日の鋭い指摘をいただいて、署員一同、違う角
度から調べを続けておりますよ」

「それは何より。それで進展具合は?」

「それが余り芳しくないんですよ。怪しいと目をつけた目撃者の行動も証言も辻褄が
あってたし、あの現場へ行ったのも他の社員達に頼まれて見にいったそうで・・・、
社内の共謀者らしい者も見つからないし、甥っ子のほうも酒を飲んだのかどうなの
か、今となっては判然としない有様でね。あ、例の叫び声も被害者の生前の声を聞か
せたところ、警官は…たぶん同一のものだと話してまして……」

「ふむ。しかしまだ油断はできんよ。社内全体が共謀してる可能性もあるし、考えた
くは無いが、警官自身の交友関係も視野に入れておくべきだろう」

「なるほど、さすがは先生。徹底した冷徹さだ。実に客観的なご意見です」

「現場に居なかったものの強みかな。ところで、容疑者の甥っ子は?」

「相変わらず、興奮したりボンヤリしたり・・・アル中やヤク中でなければ、精神異
常のフリをしてる可能性もありますな」

「ふむ、それは厄介だな。どうかね、一度その容疑者と対面させてもらえないかな」

「それは好都合だ。臨時分析官として様子を見てもらえますか」

 二人が取調室に入ると、容疑者は机に肘をつけ静かに俯いていた。

「物静かな青年だ。理性が感じられる。こういう人間はあんな幼稚な犯罪を犯さない
もんだよ」

「なるほど、そう言えば・・・。ア、先生、これです」

 警部が何枚かの現場写真を見せた。

 なるほど服も手も顔も返り血で真っ赤に染まり、その顔が鬼の形相を呈していた。

「こういう照明で写真を撮ると、誰でも悪鬼に見えるものだからね」

「なるほど、確かに・・・」

警部が頷いた途端、不意に容疑者の男が机に顔を伏せた。

「調べに疲れたのかな?きみきみ、言いたい事はないかね?」

 教授が聞くと、青年はチラリと空ろな視線を送った後、突然唸り声唸とともに何と
その重い机を揺さぶり始めた。

「ウオ〜〜!お前らも皆殺しにしてやる〜〜!」

 とてもシラフとは思えない馬鹿力で、その重い机を持ち上げ、放り投げた。

「ま、まちたまえ。いくら取り調べ疲れでも無茶はするな!落ち着け……君の言い分
は僕が聞こう」

転んで避けた安楽氏が叫んだ。

「うるさい〜〜!俺は説教がましいヤツが大嫌いなんだ。そんなヤツらはメチャメ
チャにしてやる〜〜。俺は薬さえ飲めばスーパーマンなんだ。叔父貴みたいにしてや
らぁ〜〜・・・」

 容疑者が投げる椅子や調度品を避けているうち、安楽氏が転んで足がポキリと音を
立てた。

「ギャッ……!今度は折れた……」

なおも飛び来る小物や破片を転げまわって避けながら、氏がぼやいた。

「やっぱり……現場を見とけばよかった……」

   ――――完――――

2002年12月29日00時02分36秒投稿

S.S☆「涙のテレパシー」☆     あや太郎



 30世紀の御世、「テレクラ」なる商売が出現した。

 但し、20世紀末から次世紀にかけて一部で流行った怪しげな交際目的ではない。

 「テレパシー」によって、通常の通信が出来ない遠方の相手と交信するシステムで
ある。

 相変わらず『光の速度』を超える通信方法は開発されずに居た。

 しかし、人類はすでに光に近い速度で宇宙を旅し、時には「ワームホール」などの
空間の歪みに巻き込まれたり、またはそれを利用したりしながら、活動範囲を広げて
いた。

 もはや銀河系の隅々まで広がった人類の拠点と,その過程で巡りあった様々な知的
生物

たちとの連絡や交信の手段が遅れ馳せながら焦眉の急となった。

 そこで改めて見直されたのが、いわゆる「テレパシー通信」である。

 30世紀の今になっても、そのメカニズムは未だ完全には解明されてはいなかった
が、ただ数世紀前からの研究で、人間の脳が発するテレパシー波を空間力学的に増幅
する事で、より遠方の受信者と、より明瞭に会話できる段階に達していた。

 先ず、数百光年先に点在する人類の先遣隊や、居住者たちとの時差無し交信が実現
した。

 続いて、同様の適性を持つ他の知的生命との交信の輪も拡がった。

 お互いの情報、技術を交換することで、人類の行動半径はますます広がり、ついに
この30世紀には銀河系全体にその活動の手を広げるところまで来ていたのだった。

 そんな超歳先端技術も、やがてはありふれた民生技術になる。これが世の常という
ものだ。

 かくして、テレパシー通信を利用し、遥か彼方の星星に友人を探すという商売が誕
生した。これが30世紀の「テレクラ」であった。

そんな遊びが流行り、定着すると、自然の成り行きで 超遠距離恋愛に発展するカッ
プルも出てくる。

「早くキミに会って見たい」

「今度の定期便で必ず行くわ。木星のエウロパで待っててね」

 そんな具合にランデヴーできるカップルは良いのだが、それも超遠距離や最遠距離
恋愛となると、悲しい結末に終わりがちであった。

「どうして、そんな遠くまで行ってしまったの?」

「僕が望んだ訳じゃないさ。二十代ほど昔の先祖の時代に宇宙開拓ブームがあって
ね。思い切り良く、一番遠い星系を目指しちゃったんだ。しかも飛んでる内に、また
色んな飛行法が見つかって、それをこのテレパシー通信でやり取りして・・・結局、
二十三代目の僕の世代になって到着したのが五十万光年も離れたこの星雲だったん
だ。ちょっと重力が大きい以外は住みやすい理想郷のような星だけど、こんなに地球
から離れているのが辛いとは思わなかったよ」

「私たちって、宇宙で一番不運なカップルかも知れないわね。テレパシーの感度も抜
群だし、心の中も全部分かり合えて、何から何まで趣味が合うっていうのに、心が通
じ合ってから、生きてる間には会えないほど遠く離れている事を知る事になるだなん
て」

「うん。でも心と心はこうしていつも繋がってる。たとえ実際に会えなくても、僕た
ちならきっと最高の…永遠のカップルになれるよ」

「クスン…。そうよね。心は一つだものね。でもやっぱり会って見たい。ただ考え方
や趣味が合うだけじゃない。二人は顔やスタイルまで、ピッタリ好みのタイプだも
の」

「ほんとうにそうだね。外見的な好みまで、何から何まで理想のタイプだ。僕は背が
高くて髪が金髪。キミは小柄で可愛くて黒い瞳に黒い髪」

「心同士で知り合ったんだから、写真やCGみたいなウソも無い、本当の姿よ。
あぁ、眼に浮かぶようだわ。風になびく金色の長い髪、カモシカのような長い足」

「僕だって、目に浮かぶよ。抱きしめると腕の平にスッポリ入ってしまう子猫のよう
なキミが」

「会えないのが運命なのね。余りにもお似合いのカップルだから、運命の女神様が意
地悪してるのよ。……あ、もう通信時間が切れるわ」

「じゃあ最後に、こちらで流行ってる歌を流すよ。『涙のテレパシー』だ。僕らみた
いな悲しいカップルには忘れられない曲だからね」

「お願い,聞かせて」

 五十万光年を隔てて、悲しい恋の歌が流れる。何組のカップルが涙と供にテレパ
シー恋愛の成就を諦めた事だろう。

 しかし、このカップルに関しては、却って会えずに幸いだったかも。

 なにせ、重力の大きい新天地で、人間の身長は一メートルを超える事はなかったの
だ。

 その分、横幅が広くなった身体で、彼はその星の草原を駆け巡っていた。

 風になびく長く柔らかな……三本の金髪と供に。

   ――――完―――――

2002年12月27日23時31分51秒投稿

今日は、亀虫ぷっぷです。

12月15日 シアター・ドラマシティ「志の輔らくご」

出し物

●「ゆーのーみー」
●「ガラガラ」
 
 中 入

●「しじみ売り」

大阪は今年で三年目。
会場がリサイタルホールからシアター・ドラマシティに変わりました。

一席目の新作は「ゆーのーみー」。
中華料理店に入って来た結婚間近のコピーライターと彼の叔母さん。
夫婦で陶器製造業を営んでる叔母さんが相談を持ちかけますな。
この度開発した新商品のネーミングを考えて欲しい。
それは〈温度計付き湯呑み茶碗〉という代物。
手の感覚の鈍くなったお年寄りが、熱い飲み物を口に含んだ時の火傷を未然に防ぐ…
つまりこれからの高齢化社会での需要を見込んだ商品という訳ですな。
しかも、若い人にもアピールしたい。
そこで専門家の彼に依頼した、と言う訳。
YOU KNOW ME?の語呂合わせで〈ゆーのーみー〉とか〈茶柱君〉とか色々アイデアを出
す甥。
尽くケチをつける叔母さん。
遂に業を煮やした甥は、この話を聞いた当初からの疑問をぶつけます。
「こんなの本当に便利なの?」
抜群の発想と自負してる叔母さん。
ちょっと気色ばんで店員に商品の説明をして同意を求めます。
が、何のしがらみも無い赤の他人の店員はあっさり
「NO。」
それに勢いを得た甥は
「ほらぁ、やっぱり。こんなの売れないよ。」
やや意気消沈した叔母さん。
「そぉ?でももぉ造っちゃったしねぇ…。
 あんたの結婚の引き出物もこれなのよ。」
「ええ?そんな僕の結婚式に水を差すよぉな事を…。」
「いいえ、この湯呑みでちゃちゃを入れるのよ。」

仕事上接点の無い両者のずれまくる会話が笑えます。
けど、考えたら大なり小なりこんな事てありますな。
発想の起点とか用語とか、業界の常識はその業界でしか通用せんなんて事ね。
片や
「なんでこんなんが分からんねん?」
もぉ一方は
「何言うてるのん?欲しいのはそんなんと違うんやで。」
お互い自分のペースに沿って進まん打ち合わせの苛立ち…よぉ分かります。
けど、それが仕事というものさ。
肝に銘じなさい…なんです?お前が銘じとけ?
そらごもっとも。

二席目の「ガラガラ」とは、福引きの時に廻して玉をポトっと出すあれですな。
東では〈ガラポン〉、正式名称は〈新井(荒井?)式回転抽選器〉と言うそぉです。
大型マーケットの進出やら不景気やらで閑古鳥が鳴きまくるある商店街が舞台。
今年の役員魚屋と八百屋はなんとかこのじり貧状態を打破したいと一計を案じます。
年末恒例の福引き。
例年は温泉旅行程度の一等が〈豪華客船世界一周ペアの旅〉。
二等三等四等もテレビ、洗濯機、マウンテンバイクが数本と大幅グレードアップ。
商店街の経済状態から考えたらかなり無理な大判振舞いですけど、二人が知恵を絞り
駆けずり廻ってよぉよぉの事で格好をつけます。
ところがこれには裏があった。
一等の金色の玉一個は告知通り。
が、各々何個か入ってる筈の二等三等四等を一個ずつしか入れて無い。
もしばれたら商店街の信用問題だけに留まらず警察沙汰になりますな。
もちろん二人だけの秘密です。
さて、目論み通り商売も福引きも大盛況。
そして遂に一等が出ますな。
が、その他の豪華商品はまだ一本ずつしか出て無い状況。
ほんまはもぉウェットティッシュの分しか無いんですけどね。
抽選器を引き取りに来たリース会社の社員は、幔幕の裏で秘密を聞かされて
「社内でも評判ですよ。この一等ならそれも仕方ないでしょぉ。」
ここで一大事。
表の会場から顔を覗かせた魚屋が
「おい、ま、また一等が出た。」
そんな筈は無い。
八百屋が表に出てみると確かに金色の玉が…。
慌てて裏に戻った二人は社員に詰め寄ります。
が、社員は指示書を示して
「ほら、金色は7個って書いてあるでしょぉ?だから社内でも評判ですよって…。」
よぉ有りますな、ササッと書いた〈7〉みたいな〈1〉。
さぁえらい事です。
一本と告知した一等が二本出てしもぉた。
しかもあと五本入ってる勘定です。
たださえギリギリ無理に無理を重ねて捻出した一組分の旅費。
七組分なんてとても出ませんな。
途方に暮れる二人の前に商店街の会長が顔を見せます。
間違いを知らされた会長は一大決心。
客の前で正直に事情を説明し、二本目の当選者は認めるがこれ以降の一等は無効とさ
せて欲しいと涙乍らに頭を下げます。
その姿勢を見て快く了承する客。
で、リース会社の社員が皆の目の前でガラガラを開けて残りの金色を出す事に。
魚屋と八百屋のふたりは慌てて止めますな。
そらそぉです。
ここで開けたら本来まだある筈の二等三等四等が残って無い事がばれてしまいます。 
また間違いでした、すびばせんね、では済みませんな。
聞かされた会長は突然の心臓発作。
これは無事乗り切ったけど事態は尚も万事休したまま。
そして…開き直ります。
三人で客の列の前に並び鉢巻きを締めると、祈祷師か呪術師さながらの態で祷りだし
ます。
その甲斐あってか出るのはウェットティッシュばかり。
しかし、客の列は最後尾が分からん位続いてますな。
それを知った会長はもぉやけくそ。
「こぉなったら一等をもっともっと増やせぇ。」
側から魚屋が言います。
「じゃ、ティッシュ減らしていいですか?」

きょう日の商店街の惨状を見てたらありそぉな…。
後半の、必死な会長と妙に冷静な主謀者二人の対比が面白い。
中入に高座のバックが退くと、紅白の幔幕と巨大なガラガラ。
そこからこれまた巨大な数個の金色のバルーンが飛び出しました。
毎年のこぉいう仕掛けも楽しみの一つですな。
ロビーの著書・CDの販売カウンターには普通のガラガラを用意。
お買い上げのお客様が抽選できる仕掛けですな。
因に一等は世界地図やったそぉです。

古典の部は人情噺「しじみ売り」。
上方でも福団治さんとか文我さんがやらはりますな。
東京とは筋立てが少々違いますけどね。
志ん生師匠の分と聴き比べたら、志の輔さんもちょっと変えたはります。
志の輔さんは変にウェットになり過ぎず乾いていてしかも温かい語り口。
この噺とか「ねずみ」の、健気な子供と優しい大人との関わりが生きますな。
そぉいうことで、また来年もお越しを…。

2002年12月27日17時50分02秒投稿

S.S☆「万が一、万が一……」☆     あや太郎



 広い宇宙でも屈指の用心深い種族が居た。昔は昔で・・・

「もし万が一、天が落ちてきたらどうしよう?」…などと気を揉んで、屋根の上にま
た屋根を付け、次に町全体に丈夫な屋根を付け、ついには星全体を頑丈なドームと電
磁バリヤーで包み、我が身を守ろうとした程だった。

「昔、我々の星の中国という国に『杞』という地域があって、みんな空が落ちて来る
んじゃないかと心配してたそうだが、その上手を行くね、この星は」

 地球からの観光客も呆れて帰っていった。

 さすがに、いつまでも「杞憂」のそしりを受けているのも恥ずかしくなり、天が落
ちてくる心配はヤメにしたが、今度は地殻変動が心配らなってきた。

「平和な暮らしが足元から揺さぶられたら、どうしよう?……決して地震や火山活動
が起きないおきないように、地殻を固めてしまおう」

開発した地殻固定剤で地表をすっかり固めてしまう・・・無茶なことをしたものだ。

惑星は一種の窒息状態となり、抑えられた火山や地殻変動のエネルギーは爆発寸前と
なった。

「これはイカン。地殻を緩和し、元のように変動させよう」

 危機一髪のところで、星は大崩壊を免れた。

 しかし次はまた外からの脅威に怯え出す。

「恐怖のエイリアンが攻めてきたら、どうしよう。近隣の星系とは平和な関係が続い
てるが、宇宙の果てから・・・いや、異次元の世界から、どんな侵略者が攻めてくる
か分からない。万が一、そんな事にでもなったら・・」

 また万が一に備えて、徹底した防衛網を敷き始めた。

考えられる限りのセンサーや検知器を張り巡らせ、防衛用の兵器も開発し、他星系の
エージェントからは表も裏も情報を集め、じっと息を潜めて何百年かを過ごした。

「結局、何も無かったか……。しかし外からの敵だけが心配の種ではない。内からの
危険にも気を配らねば。万が一に備えよう」

 革命、反乱、造反、各種犯罪、そしてありとあらゆる病気、精神不安定、、オカル
トの跳梁まで・・・。

「自画自賛かも知れないが、我々は良くやった。教育、医療、犯罪防止の面で徹底的
に危険な要素を排除することに成功したのだから。社会不安や健康面での心配もほと
んど無くなった。これだけ完璧に安全な社会は稀だろう。世の中は平和で、みな和気
藹々、病気も極限まで減り、寿命も延びた。何の心配も見当たらない。あとは繁栄あ
るのみだ。

しかし敢えて心配事を探すなら、これ以上、何を目指し、どうやって繁栄するかが分
からなくなって泊まった事だ。なにせもうこれ以上は望めない所まで来ている。万が
一、みんなが目的意識を失ったら・・・万が一、そんな事になったら・・」

 案の定ね人工はじりじりと減り、いつの間にか種族は滅亡に向かっていた。

 万が一、万が一に備え続けて、何万年・・・住民の『杞憂』はついに満願成就して
しまったようである。

  ―――――完――――― 

2002年12月26日22時54分56秒投稿

S.S☆「テトロドトキシン」☆     あや太郎



「…昨日発生しました強奪事件の続報です。日本各地の「フグ卸し店」が次々に襲わ
れた不思議な強盗事件は、何と「フグの肝」を盗んだものと判明しました。しかもそ
のフグ肝に含まれるフグの毒〔テトロドトキシン〕を用いたテロを行うと、国内最大
の過激派組織が犯行声明を出しました。国際政治学の××先生−−テロが目的とは大
変な事になりましたね」

「いやぁ、驚きました。フグ毒の…テロ・オドロキシンでしたか?」

「いえ、テトロド…トキシン…です。そんな猛毒でテロを行うなんて恐ろしい限りで
すね」

「全くですな。犯行声明によると、爆弾に仕掛けて、粉末状のテトロ…ドトキシンを
ばら蒔くつもりのようですが、これは無差別殺人につながりますよ」

「爆弾を作るとなると、どんな材料が必要なんですか?」

「先ずはニトロ・グリセリンですか。つまりニトロ・テトロドトキシン・テロという
事になりますな」

「それ以外にも強力な毒物であるテトラクロロエチレンも盗み出されたとの情報が
入っていますが、これは食べ物に混入してテロ行為を行うなどと宣言してますよ」

「これがまた恐ろしい。例えばグルメ・ブームに乗じて、寿司のトロやネギトロなど
に混入しようものなら、少々おかしな味がしても、値段が値段ですから、ついつい飲
み込んでしまい、致命傷になる恐れがありますな」

「何と−−−テトラ・トロ・テロですか。じゃあテトロド・トキシンもネギトロに混
入される恐れが有るわけですね?」

「有ります。もしそんな事が起きたら考えただけでも恐ろしいですぞ。テトラ・トロ
・テロに加えて、テトロド・トロ・テロになりますし、またそれをニトロで吹き飛ば
したら、ニトロ・テトロ・トロ・テロになって…もう収拾が付かなくなるかも」

「あっ、ここで新しい情報が入りました。−−皆さん、ご安心ください。テロリスト
たちは犯行を前に、全員逮捕されたそうです!危険は去りました」

「何とまぁ−−−体なぜ逮捕されたんですかな?」

「仲間割れを起こしたようですよ。原因は−−難解な毒物の名前を言い合っている内
に、意思の疎通を欠き、喧嘩になったところを当局に踏み込まれた模様です。皆さ
ん、ご安心下さい−−テトロド・ニトロ・テロも、テトラ・トロ・テロも回避されま
した。それにしても先生−−聞くだに恐ろしい事件でしたねぇ」

「本当に、言うだに恐ろしい事件でした。…やれやれ」

                  (完)

2002年12月25日22時25分08秒投稿

S.S☆「大丈夫?」☆     あや太郎



 教育相談室が開かれ、この分野の大家と呼ばれる学者が招かれていた。

 その相談役の前へ、親子連れがやって来た。

 少し身体が不自由そうな子で、親に支えられるようにしながら学者の前に着席し
た。

「この子を○○小学校に入れたいんですけど、大丈夫でしょうか?」

 母親が心配そうに訊いた。

「○○小学校と言いますと、一流中学への登竜門と言われる有名校ですな」

「ハイ。ご覧のように少し身体が不自由なもので、受け入れ体制が整っているかどう
か、心配でして…」

「ふむふむ、日本の学校はそういう点で不備が大井からご心配も無理は無い。それで
お坊ちゃんのほうも○○小学校へ行きたいの?」

「うん。勉強して東大へ行きたいんだ」

「ほぉ、それは大きな夢だ」

「なにせ身体が弱いもので、しっかり学問だけは身につけさせようと思いまして」

「なるほどなるほど−−それはご執心でしょうなぁ。しかし身体のほうは些か不自由
な様子ですな」

「ハイ。生まれつき、ちょっと運動障害がありまして」

「なるほど−−手と足に−−ふむふむ。それでしっかり学問を収めようと言う訳です
ね。坊やもしっかりしてるねぇ」

「うん。ぼく勉強する」

 そんなやり取りのあと、学者も感心したように言った。

「いやぁ、立派な心掛けだ。ところで−−」

 さんざ子供と会話をしたあと、両親のほうに向き直り、自分の頭を指さしながら声
をひそめて訊いた。

「身体は不自由だけど…頭のほうは…大丈夫なんだね?」

「はぁ…?」

 絶句する両親のそばで、今度は子供が学者の頭を指さしながら言った。

「パパ、ママ−−−大丈夫じゃないって教えて上げてよ」

                  (完)

2002年12月24日00時23分39秒投稿

S.S☆「振り向けば……クビ!」☆     あや太郎



「夏の夜の怪奇話〜。今夜も怖〜い怖〜いお話です〜・・。昔々、世紀が改まった
頃、世にも恐ろしい不景気風が吹き荒れておりました。

「あの風に当たるとクビが飛ぶぞ」

 みんな怖がって風の日は表にも出なくなるという有様。お蔭で世の中はますます不
景気になって行きました。

そんなある日、勇気の有る男が、風の名所の「渦巻き坂の亡霊」を取っ捕まえに出か
けました。

「この螺旋状に続く坂道だな。ここを登って行くと妖怪が出たり怪かしに遭ったりす
るというが、こり現代に於いて、そんな馬鹿な事があるとも思えん」

不景気続きで、皆落ち込んだり神経過敏になったりして幻覚を見るのだと男は推理し
ました。

低い低い「横這い天井の丘」の周囲をめぐるこの螺旋坂を中ごろまで上がった頃、急
に辺りが暗くなって来ました。

「にわか雨かな?」

 しかし闇は空模様とは無関係に坂道全体を包み、一歩先も見えないほどの漆黒の帷
が下りて来ました。

「まるで舞台が暗転したようだ」

男も何かの怪異現象を予感しました。

・ ・・♪ねんねんころりよ〜〜おころりよ〜〜・・・

薄気味悪い子守唄が忍び寄って来ます。

声のほうを見ると、寝ンネコ姿の女らしき人影が、ボンヤリとした灯りと供に、何
メートルか横手を歩いておりました。

そこは確か、道の無い、崖の向こう側の空間のはずでした。

「出たな、化け物―――いや、インチキ魔術め」

何らかのトリックに違いないと信じている男の足が震えていました

「武者震いだ・・」

 その途端、その女が振り向くと、何とした事でしょう―――背負っていた赤ん坊の
首が無くなっているではありませんか。

「きゃああ……!」

「オオオオッ……!」

 女の叫び声につられて男も叫んでいました。

「クビが無いよぉ〜〜」

 泣き出した女を見て、男は息を呑みました。

――何と、女のクビも無くなっていたのです。

「絶句……」

もう驚きの声も出ませんでした。

その時、不意に後ろから男の肩を叩くものがありました。

飛び上がるほど驚きながら振り向くと、スーツ姿の男らしき人影が立っておりまし
た。

そして、この男にもやはり首は有りませんでした。

「な、なんで、みんな、クビが無いんだ!?」

「驚きなさんな。そういうあんただって首が無くなってますよ」

「えっ、そんな馬鹿な……?」

 慌てて首の辺りを探ると、本当に首から上が有りません。

「そ、そんなのヒドイよ!オ、オレまでクビ無しになるなんて……」

 男の肝っ玉もついに限界に達し、男は気絶してしまいました。

――――――――。 

「……気がつくと坂道の並木に凭れてノビていたようで、起こしてくれた通行人に笑
われながらホウホウの体で山帆降りて来ました。あとで聞くと、その坂は『リストラ
坂』と言って、人員整理でクビになった人々の怨念が、そういう形で現れるそうで
す。いやあ、世の中には恐ろしい事があるもんだとしみじみ思いました。ですから各
企業のお歴々も無闇に社員を解雇して人件費を節約するだけじゃなく、もう一度、労
使が力を合わせて繁栄する道を探りましょう・・・という締めくくりの怪奇体験でし
た。

……如何でしたでしょうか、局長、部長,プロデューサー・・・?」

「ふーむ。実に不思議な話だ」

「でしょ、でしょ?」

「不思議すぎて納得が行かんね」

「えっ?どの辺りが?」

「クビが無いのに、どうやって振り向いたんだろう」

「いや、振り向いたら首が無くなってたんですよ。振り向いたら駄目と言われてたの
にね」

「つまり、余計なことをして首が無くなったという訳だね?」

「ハイ、まぁそういう事かと……」

「納得が行かんね」

「また、何か?」

「クビが取れても、まだ喋ってる」

「いや、それはアヤカシ…つまり幻覚ですから」

「何より納得行かんのは、視聴率低迷でキミのクビが危ういというこの時期に、どう
してそんな体験談が届いたかと言う事だ」

「あ、いや、それは、不思議な偶然でして・・・」

「それじゃ、編成室で個人的に話を聞こうか。……しかし思えば、この番組もかつて
は高視聴率を稼ぐ看板番組だったねぇ。あの頃は良かったんだが……おっと、気をつ
けたまえよ。うっかり過去を振り返らないように。もうクビは取れかけてるんだか
ら……」

――――完―――――

2002年12月21日23時45分13秒投稿

S.S☆「信用できる人々」☆     あや太郎



「今宵、世界百カ国で生中継されることとなりました世紀のイベント……最も信用で
きるやつは誰だ?これより開幕です。それでは最初のエントリー者からどうぞ・・
・」

「わたしは信用できます。なぜなら私は……無一文だからです!」

 会場が大いにどよめいた。いきなり説得力のある出場者だった。

「二番……慈善団体代表。私は金持ちだが、財産をすべて世のため人のために使って
おります。何の私利私欲もありません。政治的野心もございません。無欲であること
にかけては無一文の方よりも勝っていると思います」

「待った!疑惑あり!良いことをしているのは善人の評価が欲しいのではないか?そ
うなると無欲どころか、嫌らしい名声欲の塊である」

「むむむ」

「三番。野心満々の政治家。清濁併せ呑む私のような人間こそ信用できる。我々を信
用しなさい」

「おーっと、すごい開き直りだ。代わって如何にも枯れた風情の参加者です」

「お待たせました……修行僧です。俗世を離れ、慾も得も無く、ただ淡々と粛々と世
の中を見渡してきました。そして当然の結論に到達しております。欲望と野心、絶望
と退廃に流れるこの世にあって、信じられるのは我々聖なる者だけだと〜〜」

「もし皆から絶対的な信頼を得たら、どうします?」

「宗派を興し、教団を作り、法人化し、財テクに励み、世界進出を遂行し、世界の人
民を救済します」

「そのための法人化と財テクですか?では本当に私利私欲も、物欲も名声慾もないん
ですね」

「無論です」

「ふむ。これは本当に人類を救えるかもしれない。そして、皆が救われたその後
は……?」

「その後は・・何というのか・・・もう我々の役割は終わる訳で・・・」

「そうでしょうねぇ。それで……?」 

「だから我々はもう要らない訳で・・・」

「なるほど。そしてその結果……?」

「その結果・・・何というか、その・・・」

「どうなるんですか?」

「祈りを捧げますな」

「どんな風に?」

「我々を・・・見捨てないでくれ〜〜、と!」

―――――――完――――――

2002年12月21日01時46分08秒投稿

【end of file】