過去のドンドコ掲示板
2002年11月01日〜15日

たかさごの穴子

先日、ランチを取りに近所のベーカリー・レストランへ行きました。
そこで、「トライやる・ウィーク」で実習中の初々しい中学生に出会いました。

我が兵庫県では、思春期真っ直中で目的や目標を見出せないでいる年頃の、中学2年
生を対象にして、地域や自然の中で生徒の主体性を尊重した活動や体験を通して豊か
な感性や創造性を高めたり、自分なりの生き方を見つけることができるよう支援する
「心の教育」として【トライやる・ウィーク】という職業体験などをする一週間があ
ります。
(以上は、教育委員会の受け売りですが…)
ある月の一週間(月曜日〜金曜日)に地域の会社や商店などで働いたり、ボランティ
ア体験をしたりするのです。
最初に気付いたのは一緒に行っていた友人で、お水とおしぼりを持って来てくれたそ
の男子中学生に、
友人「トライやる・ウィーク?」
中学生「はい。」(すごく緊張した感じ)
穴子「どこの中学?」
中学生「○○中です」(水の入ったカップを置きながら)
−−−−−−
中学生「お冷やをどうぞ」(手が震えていた)
友人「ありがとう」
中学生「おしぼりをどうぞ」
穴子「どうもありがとう。頑張ってね。」
中学生「はい。」
−−−−−−
きゃ〜!可愛いのよ〜〜!
職業訓練という訳でもないのですが、たいていの生徒さんが働く場へ行きます。
必ずしも自分の希望した職種のところへ行ける訳でも無いようですが…。
この「トライやる・ウィーク」の体験で将来の方向を決める生徒さんもいるようで
す。
頑張れ〜〜!○丘中学校の長谷川くん!(あっ、名前言うてもーた…)

ところで、今、大阪市北区の扇町公園ではテント歌舞伎の「平成中村座」(私も北区
在住のブチックオーナーと一緒に見に行きました)をやっていますが、11月12日の公
演後にトークショーがあったようです。
チラシには【立川談志参上!】とあり、一、中村座出演者による座談会。一、落語・
立川談志。一、鶴瓶・勘九郎・談志スペシャルトーク。とありました。
ところが、この最後のスペシャルトークは3人ではなく4人だったのですね。なん
と、上岡龍太郎さんが飛び入り(予定行?)出演していたのです。
おっちゃん、ぼちぼち口に虫がわいて来たんやなあ…。
それとも……、老春期真っ直中で目的や目標を見出せないでいる年頃の、還暦隠遁生
を対象にして、勝手に中村座の中で龍ちゃんのわがまま気まま性を尊重した活動や体
験を通して、これからの芸能界復帰?のテンションを高めたり、自分の生き方を自分
で支援する「強化月間」として【トライやる】した一日だったのでしょうか?

ほいで、上岡さんの場合は、「職業訓練のリハビリ」やったんか?

2002年11月15日00時20分29秒投稿

S.S☆「短剣投げ」☆     あや太郎

 サーカスに短剣投げの名人がいた。
 その名人にまた弟子が一人いた。
「さぁ、あそこに投げてみろ」
 名人が目の前の川向こうを指さした。そこにはよく見る製菓会社の看板が立ってい
た。両手を広げゴールインするポーズのあの絵柄だ。
 弟子はかなりの距離を物ともせず、思い切り短剣を投げた。
 立て続けに投げた数本の短剣が「絵の人物」の肩の上や腋の下、顔のすぐ横に次々
突き刺さった。そして絵の身体の部分にはまるで掛かっていないという見事さだ。
「今度は…あの状態で投げてみろ」
 対岸にいた一人の娘がその看板の前に歩み出た。ちょうど絵のスポーツマンと重な
るように立った。
「こ、このままですか?」
「当たり前だ」
 突如、弟子の手が震えだした。やがて投げた短剣も狙いが定まらない。的のあちこ
ちに刺さり、娘も飛びのいて逃げている。そのうち対岸まで届かず川の中にはまる短
剣まで増えてきた。
「またか…。どうして人を立てると駄目なんだ?」
 かなり短剣投げの素質もあり、また名人の娘とも好き合っているこの弟子を、やが
ては娘と添わせて跡継ぎに…と考えていた師匠なのだが、この弟子の「腕」には致命
的な問題があった。
「どうにもならないくらい本番に弱い。稽古の時にはワシより見事に的に当てるの
に、舞台に上がると急に手元が狂いだし、まるっきり的外れになったり、時には怪我
をさせそうになったり…」
「す、すいません。どうしても緊張すると、思い通りに投げられなくなるんです。特
にお嬢さんが的になってる時は…」
 絶対、傷つけないようにと気をつかう余り、尚更〔的〕を反れてしまう。
「娘を大事にしてくれるのは良いが−−−それなら尚更、気合を入れて身体すれすれ
に短剣を突き立てられるような技を身につけなけりゃ商売にならん。それがプロとい
うもんだ。これでは跡継ぎどころか、大事な独り娘と一緒にさせる訳にも行かんな。
今度しくじったら、もう破門だ」
 師匠はもちろん弟子の発奮を促すつもりで発破をかけたのだが、不幸な事にもう自
信を失っていた弟子は、すでに絶望的な心境に陥っていた。
「師匠が生きてる限り、俺は浮かばれない」
 仕事への絶望と最愛の人を失う恐怖に、弟子の思考は危険な坂道を一気に転げ落ち
てしまった。
「師匠を殺そう」
 思い詰めた弟子は、夜、自分のテントで独り休息する師匠を狙い忍び込んだ。
 折よく一杯やって居眠りしている。弟子は稽古場から師匠愛用の短剣を盗み出す
と、それを懐に入れ、手には自分の短剣を握って、忍び寄った。
「投げて駄目なら…刺して決めてやる」
 悪魔に見入られたように、弟子は短剣で師匠の胸をひと突きした。
 ウッ…という呻き声だけ上げて師匠はこと切れた。
「あとは偽装工作か…」
 師匠の指紋が付いた短剣を用意したのも自殺に見せるためだ。
 弟子は刺した自分の短剣を抜き、代わりに師匠の短剣を傷口に押し込むと、師匠の
手の平をこじ開け、その短剣をそっと握らせた。
「これで師匠の指紋しか出ない。誰が見ても自殺だな」
 ホッとした気分で血の付いた自分の短剣を見た。
 あとはこれを処分するだけだ。
 幸いサーカス小屋の裏手はあの川である。速い流れは短剣の血を洗い落とし、どこ
かへ流し去ってくれるだろう。
「海まで流れちまえ…」
 弟子は川に向かって力一杯、その短剣を投げつけた。
 こちらを見ているのは対岸のあの看板だけだった。
 −−−−−−−−−
 しかし弟子が逮捕されたのは、翌日早々の事だった。
「どこに−−どこに証拠があるって言うんです?」
 わめく弟子に警官が呆れた顔で言った。
「あんた−−やっぱり短剣投げの腕は良いみたいだね」
 指さす彼方には、あの対岸の看板があった。
 そして看板の中で両手を広げてゴールインしているキャラクターの肩口に、深々と
血の付いたナイフが突き刺さっていた。
「見事なもんだ。紙一重のところで人の絵から外れてる。あんな怖い事したすぐあと
なのにさ、凄い腕前じゃないか」
 弟子はガックリと肩を落としながら泣き声で答えた。
「ホッとして投げたら…命中しちゃった」
                  (完)

2002年11月15日00時16分49秒投稿

S.S☆「魔が差して…」☆     あや太郎

「どうしたんだい−−元気が無いな」
「あぁ。うっかり良いことをしちまってね」
「何、良いこと?おいおい−−お前さんは悪魔なんだぜ。悪魔が善行を施してどうす
るんだよ」
「うん。しくじったと反省してるんだ。きっと魔が差したんだろうなぁ…」
−−−−−−−−
「おい、どうしたんだい?また元気が無いなぁ」
「うん…また善行を施しちゃってね。近頃、多いんだよ、こういうミス」
「おいおい−−お前さんも焼きが回ったな。悪魔が良いことを繰り返すようになっ
ちゃ、おしまいだぜ」
「あぁ−−本当に魔が差してばかりだ」
「あのな−−前回も注意しようと思ったんだが、その〔魔が差した〕ってのはおかし
いぜ。悪魔に魔が差したら、ちゃんと悪いことをするはずだ。お前の場合は良いこと
をしちまったんだから、違う言い方をするべきだな」
「じゃあ、どう言や良いんだ?」
「そうさなぁ−−さしづめ、仏心を起こした…とかな」
「悪魔が仏心をおこすのか?じゃあ逆に、仏様も魔の差す事があるのかなぁ」
「そりゃあ有るさ。少なくとも過去には何度か経験があるんじゃないかな」
「へぇ…それは知らなかった。仏は最初から仏で、悪魔は最初から悪魔だと思って
た」
「それは偏見、差別というもんだよ。よく言うじゃないか−−生まれついての悪人は
いないって。だから生まれついての悪魔もいないし、生まれつきの仏様もいないって
訳さ」
「じゃ、仏が悪魔になったり、悪魔が仏になったりするって訳か?」
「そりゃそうさ。現にお前だって近頃の様子じゃ仏に成りかけてるじゃないか。仏と
悪魔は定期的に入れ代わってるんじゃないかな。むしろそれが自然だと思うよ」
「何やら信じがたい話だな。本当にそんな入れ代わりがあるのかねぇ?」
「ある筈さ。そうでなきゃ、一体誰が仏に成るって言うんだい?」
                  (完)

2002年11月13日22時50分25秒投稿

S.S☆「ブラック・ホール」☆     あや太郎

 我々の探査船はいよいよ銀河系の中心へと到達した。
 数万光年の距離を一挙に飛躍したという快挙もさることながら、何より観測隊員が
興奮していたのは、銀河宇宙の謎…いや、この大宇宙全体の謎を解くカギとなる「ブ
ラックホール」を目前に見られる事であった。
 太陽の何百倍も大きな恒星が燃え尽き、やがて自分の重力を支えきれずに「爆縮」
し、恐ろしいほどに高い物質密度と強い重力の「固まり」になってしまうと言われる
あのブラックホール−−その後も周囲のありとあらゆる物質を呑み込み吸収し、ます
ます巨大な質量の固まりとなりながら、それでいて光や電波すらも閉じ込めてしまう
ため外界からは見ることのできない絶対的な底無し沼と化してしまうブラックホール
−−今その宇宙最大の驚異を、我々は目の当たりにしていた。
「と言っても、何にも見えないんだが…」
 素直な感想だった。光り輝くガスにでも囲まれ、真ん中にポッカリ黒い穴でも開い
ているのなら肉眼で観測する事もできるのだが、宇宙空間はそんなに都合よくは出来
ていない。微かにたなびく星間ガスが細い細い筋状となり、そのブラックホールの存
在する辺りまで伸びて、少しずつ吸い込まれている−−そんな様子が見えると言えば
見える程度の光景であった。しかし観測機器にはブラックホールの位置、規模、特
性、そして周囲の重力の歪みと物質の移動ぶりがダイナミックに掲示されていた。
「凄い−−やはり凄い存在感だ。太陽系なんかアッと言う間に吸い込まれて跡形もな
くなっちまうぞ」
 静かに見えていながらこの空間は劇的に蠢いている−−−宇宙はそれほどに広いの
であった。
「こんなブラックホールが、宇宙には幾つぐらいあるんでしょうねぇ?」
「さぁ−−銀河系のような島宇宙ごとに少なくとも一つずつはあるだろうな。この巨
大な重力が星の集団を束ねているというのが今の宇宙論だからね」
「宇宙論と言えば、僕は以前から一つ疑問を持っているんですよ」
「ほぉ−−それは何かね?」
「ハイ−−宇宙空間を束ねているのが果してブラックホール独りなのかなって」
「独り?それはどういう意味かな?ブラックホールは恐らく宇宙全体に幾つも、ある
いは数えきれないほど点在しているはずだよ」
「いや、そうじゃないんです。一つって意味じゃなくって、つまり、ブラックホール
だけじゃバランスが悪いと思うんですよ。宇宙全体を考えた時にね」
「ふむ、つまりエネルギーと質量のバランスか。なるほど、君はどうやら独自の仮説
を持っているようだね」
「いえ、そんな大げさな物じゃないんですが、何やら漠然とした疑問がぬぐい去れな
いんです。ほら、どこかの国の神話にもありませんでしたか?−−−成り成りて成り
足らざる物と、成り成りて成り余れる物が、どうこうって…」
「聞いたような文句だが、ハテ、何の話だったかな…」
 話がそこまで進んだとき、突如目の前に巨大な黒い影が現れた。
「何だ、あれは?」
「大きさはブラックホール程ですが、かなり長大な物です。あっ、黒い影が膨張して
います。それに伴ってエネルギーも増大中−−−どこからこんなパワーが出てくるん
でしょうか…凄いエネルギーです」
「ブラックホールのほうも急に重力が増して来ました。黒い影とブラックホールは強
烈に引き合っているようです…」
「お互いがどんどん接近しています。あっ、ぶつかる−−−いや、ドッキングした!
−−すっぽり吸い込まれたところで、何と質量と重力がゼロになりました…」
「何と、ゼロに…?」
「事態は沈静化しました。二つは完全に合体した模様です」
「そうか これが宇宙の謎だったのか」
 この観測結果が後に「ブラック・ポール理論」として発表された事は言うまでもな
い。                   (完)

2002年11月12日22時52分54秒投稿

S.S☆「おまけ」☆     あや太郎

 どうにも売れない作家がいた。出版社の人間と膝付き合わせて策を練った結果−−
「おまけを付けてみたらどうでしょう?」
 編集者が言った。
「おまけと言うと−−本一冊買うごとに二冊オマケするとか?」
「それは意味が無いでしょう。本自体に魅力が有れば別だけど−−」
「ふむ…なるほど…」
 作家も妙な所で納得している。
「やはり、商品・賞金でしょうねぇ」
「海外旅行とか新車のプレゼントはどうかね?」
「ふむ…魅力は有りますが…予算がありません」
「なるほど」
「もっと安上がりで効果的なオマケは無いもんですかねぇ」
「そんな上手い手があるのかなぁ」
 また考え込んでしまう。
「もう仕方がない−−一番直接的な手で行きましょう」
「直接的と言うと?」
「お金です。現金ですよ。それも本の中にじかにお札を挟んでおくというのはどうで
す」「なるほど、これ以上直接的な手は無い。それで賞金はどれぐらいの額にする
?」
「百冊に一冊…一万円札を挟んでおくというのはどうですか」
「百冊あたり一万円か…。本の定価が千円として十万円の売上に対し一万円の賞金な
ら、採算は取れるかもしれんな」
「そうですよ。売れ残って返品されてくるのに比べたら夢のような話です」
「こりゃあ上手い話だ。是非ともやってみよう…ダハハハハ」
 作家まで上機嫌だ。
「これで初のベストセラーでも出したら、私にもキミにもボーナスが出る。楽しみだ
なぁ」
「全くです。ただ、その代わりに先生の原稿料は諦めてもらいますよ」
「なるほど。わたしの原稿料で賞金を捻出する訳か。こりゃあ良い…ダハハハハ」
 作家はとことん納得していた。
 かくして出した「おまけ付きの本」はくじ引き気分で大ヒットし、世間の話題と
なった。間もなく、おまけ本の第二弾、第三弾も発行され、ことごとくヒットした。
これには取材陣も駆けつけざるを得ない。
「先生−−次々とヒット作を出され、おめでとうございます」
「いやぁ、有り難うございます」
「生活は変わられましたか?」
「いやぁ、ボーナスが出るんで、ちょっと潤ったというとこですかな、ダハハハ」
「しかし聞くところによりますと、ボーナス以外、原稿料は無しだそうですが、本当
にそれで納得されているんですか?」
「いやぁ、長らく売れない本を出してもらっていた出版社へのちょっとした恩返しと
言ったところですかな、ダハハハハ」
「それにしても何百枚もの原稿を無料奉仕で書き上げるだなんて、よく執筆意欲が湧
くものですね」
「いやぁ、楽なもんですよ。大体あんたも、本の中身をよく読んだ事はおありかな
?」
「あ、いえ…実はまだよく…」
「そうでしょう。実際わたしもまだ一通の苦情も受け取っておりませんわ、ダハハハ
ハ」 開いた本の中には「あいうえお」や12345の数字がどこまでもどこまでも
羅列されていた。
                  (完)

2002年11月11日22時47分16秒投稿

S.S☆「停電」☆     あや太郎

 首都圏の電力事情が逼迫していた。
 記録破りの猛暑が続くこの夏、クーラーに加え、昼間の野球中継で電力消費がピー
クに達するこの数週間が山場と見られてはいたが、その逼迫具合は予想以上だった。
 この電化電子化時代、ひとたび停電ともなれば都市機能も経済活動も大打撃を受け
る。そこでまさかの時に備え、地方で余った電力を融通してもらうシステムも用意し
てはいたが、なにせ全国的な猛暑−−どことも電力の余裕は少ない。しかも前日、首
都圏郊外に発生した落雷事故で、頼みの送電線が切れてしまった。復旧するまでの二
十四時間−−−もし電力消費が供給限界を越えたら、首都圏の機能は大混乱に陥って
しまうこと必定となった。そして、その二十四時間の真っ只中−−ついに本日の昼過
ぎ、電力消費はピークを迎えようとしていた。
「仕方がない−−国民に呼びかけよう」
 政府高官の判断で、各放送局にお布令が廻った。
「…というわけで、視聴者に呼びかけるようにとの通達です」
「困ったなぁ−−テレビを切って電力節約に協力してくれだなんて…。わが社はこの
時期の野球中継が稼ぎ時なんだよ。それをむざむざスイッチを切れだなんて、言うに
忍びないねぇ」
 某局のディレクターとプロデューサーが渋い顔を突き合わせていた。
「と言っても、停電が起きたら野球中継も何も無い訳ですから…」
「分かったよ。アナウンサーには通達通り伝えさせろ。その代わり、極力視聴者を手
放さないように工夫しながらな」
 間もなくテレビ画面が切り替わり、馴染みのニュース・アナが登場した。
「野球中継の途中ですが、現在、首都圏の電力事情が逼迫しております。このまま電
気の消費が増えれば大停電を引き起こし、都市機能は混乱、国民生活にもパニックを
引き起こしかねません。そこで皆様にご協力をお願いします。どうか今すぐテレビの
スイッチを切り、気温が下がる時刻まで点けないで下さい。どうぞお願い致します。
尚、電力事情に関する続報はこのあとも引き続きお送り致しますので、スイッチは
切ってもチャンネルはそのままで…!」
                  (完)

2002年11月10日23時36分46秒投稿

               『金の斧、銀の斧』    ヘーパイ

 その木こりは働き者だった。普通の木こりならば一日に二本の大木を切
り倒すのが限界である。ところがその木こりは今や二本の大木を切り倒し
てしまい、ついに三本目の巨木をも屠ろうと斧を振るい始めたのだ。
  
 ガツン、ガツン、ガツン、と力強く打ちつけられる斧は巨大な老木の幹
を容赦なしに大きくえぐっていった。木こりは更に強力な一撃を加えてや
ろうと勢い込んで重い鉄の斧を一層大きく振りかぶった。
 その時である。木こりが意識する以上に彼の肉体には疲労が大きく蓄積
していたのであろう。斧が木こりの背中のあたりまで大きな円弧の軌跡を
描いて振り上げられたと見るや、その頂点で斧の柄は木こりの手をするり
と滑り抜け、木こりの背後で満々と水をたたえる湖に向かってヒョウとば
かりに吹っ飛んでいったのである。

 ボチャン、と音を立てて湖に落ちた重い鉄の斧は水面に気前よく水しぶ
きを立て、さらには湖の中央に向けて綺麗な波紋を描き出した。
 呆然と自失してこの光景を眺める木こりであった。なすすべも知らずた
だ佇み続ける木こりの脳裏に、なぜかこつ然と昔々に聞かされたおとぎ話
の思い出がよみがえった。
 木こりの思い描いたおとぎ話は《金の斧、銀の斧》である。

 お話の主人公である木こりも今の自分と同じように斧を湖に沈めてし
まう。だが、湖底より現れた湖の精が親切にも沈めた斧を拾い上げてくれ
た上に、彼の正直ぶりを褒めて高価な金銀の斧を褒美に与えるというのが
そのお話の内容だった。

 木こりは自分にもおとぎ話と同じ幸運が訪れるのではなかろうか、と期
待に胸を躍らせながら暫く待ってみた。だが、一向に湖の精なんぞが現れ
そうな気配はなかった。いささかおつむの中身が少ない木こりであった
が、ここではっと、膝を打った。斧の飛び込んだ場所が湖のふちに近すぎ
る、そう気づいたのだ。
 試しに木こりは水辺から数歩水中に足を踏み入れてみた。やはり、とに
らんだ通り木こりの脛ほどの深さの水底に斧はひっそり横たわっていた。
 いくら頭の薄い木こりでも流石に気付いた。いくら怪力自慢の自分でも
所詮は人の力など知れたものである。少々勢いよく振りかぶって手を滑ら
せたところで斧はそれほど遠くへは飛んでゆかぬであろう。それは道理で
あった。つまり手の届かぬほど遠くまで斧が飛んで行くのは、おとぎ話の
演出のなせる業、なればこそなのである。

 ならば、おらが無双の力持ちの本領を発揮して眼にものを見せてくれ
る。気合を込めた木こりは常人の腿ほどもあろうか、という太い両腕にし
ごきをくれると水際で足場を固めた。両手で握った鉄の斧を目の高さまで
水平に持ち上げて構える。精神統一をなした後に右足、左足と巧みに体重
を支える軸足を入れ替えながら、木こりはぐるん、ぐるん、と勢いよく身
体を回転させはじめた。
 二回三回と回転数が増すうちに木こりの手の中にある鉄の斧は遠心力を
帯びてその重量を増していった。斧の重量の増加に耐えるために木こりの
身体は背中を地面にこすりつけるほどにそっくり返っている。木こりの身
体が四回転目を数えた時、勢いがピークを迎えた鉄製の斧は木こりの手を
はなれ自由を得た。正確に45度の仰角で鮮やかな放物線を描いた鉄の斧
は森の清冽な空気を切り裂いて湖の中央辺り目指して凄まじい勢いを見せ
て吹っ飛んでゆく。
 ドップーン!とけたたましい騒音を立てて木こりの投げた斧は湖面に着
水し恐ろしいほどの豪勢な水柱をそこに出現させた。
 爽快な光景だった。それを見る木こりの目は満足この上ない風情の趣き
と喜びの光りを放っていた。

《これで湖の精は現れるだろう。後は待つだけでよいのだ。そうだ、忘れ
 ちゃいけないぞ。私がなくしたのはみすぼらしい鉄の斧です、そう正直
 に言うのだ。すると正直のご褒美に金銀の斧が自分の物になるのだ》
 木こりは待った、湖の精の現れるのを。

 待って待って待って待ち続けた。

 当然ながら何の精も男の前には現れなかった。愚かな木こりは大事な仕
事道具である斧を無駄になくしてしまったのだ。
 失意の木こりはすっかり夜が更けてしまってから我が家に帰り着いた。
 木こりは事の顛末を古女房に正直に包み隠さず話して聞かせた。すべて
を聞き終えた女房が、正直の見返りに与えた木こりへの折檻はおとぎ話に
見るようなファンタジックなものではなかった。それは筆舌に尽くしがた
いほど凄惨を極めたものだったのである。


                    ―しまい―

2002年11月10日14時29分54秒投稿

S.S☆「彼女の遺産」☆     あや太郎

「いつ別れたって良いのよ」
 女が言った。
「黙って出て行っても良いのよ」
 ついに男がムッとした。
「挨拶なんか要らないから・・・」
 また女が言いかけたところで、男が遮った。「いいかげんにしろ。俺は別れたいな
んて一度も言ってない。このまま付き合っていて何が悪いんだ。結婚するかどうかは
別にしてな」
「あなたが別れたくなくても、私のほうから出てゆくわ」
「何が不満なんだ?ちゃんと売れて、金も入るようになって、お前にも贅沢させられ
るようになったんだぜ。もうこんな商売辞めて俺の所へ来ればイイじゃないか」
 女は場末のクラブのホステス−−−男は新進のミュージシャンだった。
 ヒモと言うほどではないが、男は女に食べさせてもらいながら音楽の道を目指し
た。センスがあったのか運があったのか、二十代半ばで認められ、メジャー・デ
ビューを果たし、順調に売上を伸ばしてもう五年−−−音楽業界では押しも押されも
せぬ一流アーチストとなっていた。
「だから、一緒に暮らせばイイじゃないか。結婚するかしないかは別にしてさ」
 いつも繰り返す言い回しは、責任逃れというより男の照れ隠しだった。別段身を固
めたいという訳ではなかったが、不遇時代苦労を共にした愛人に何かしてやりたいと
いう純粋な気持ちがそう言わせていた。
「有り難う−−−って言いたいところだけど、ホントはあまり嬉しくないわ」
「どうしてなんだ」
「だって一流アーチストが〔熱愛発覚〕して、相手は風俗嬢だったら、見せ物にされ
るのは目に見えてるじゃない」
「俺の事を心配してるのか?」
「いえ、私のほうよ…心配なのは。ついでにあなたの事も心配して上げるけどね」
 素直に彼の気持ちに応えてはくれない−−−それは長年の付き合いで分かってい
た。
 女は男の為に「身を退こう」としている。しかしそれだけでもない。事実、芸能記
者の餌食になるのも同じくらいに嫌なのだ。だから、男としても自分の独りよがり
で、強引に彼女を説き伏せる踏ん切りが付かなかった。
「とにかく−−−気が向いたら一度来いよ。お前の部屋も用意してある」
 新しく買った高級マンションの合鍵を女に押しつけた。
「馬鹿にしてる。まだ生活に困ってると思ってるの?あなたの面倒を見なくて済むよ
うになってから、お金が余って困ってるわ」
 強がりとも本気とも付かぬ顔で憎まれ口を叩くと、女はまた店の中へと消えていっ
た。

 −−−−−−−−−−
 何ヵ月かが経った。
 男は苛立ちを覚えるようになっていた。
 離れてみて分かる淋しさ−−−一流ス夕ーにノシ上がった今更と笑われても仕方な
いほど、彼女は忘れ難い存在になっていた。
 男は大胆な決心をしていた。自分のほうから一方的に結婚の意志をマスコミに発表
してしまおうと考えたのだ。
−−−結婚について−−−そう銘打たれた記者会見のFAXが各紙各局を飛び交い、
今や時の人となった男の発言を聞き逃すまいと、そうそうたる取材者の面々が詰めか
けた。
「あいつは水商売にどっぷり浸ってる女だが、俺はあいつと・・・一緒になりたい」
 そんな言葉を用意して会見に臨もうとした時一本の電話が入った。
「彼女が・・・亡くなったそうだ」
 ニ人の付き合いを熟知しているマネージャーがそう告げた。
会見場から駆けだして行く彼を芸能レポーターが見つけて追いすがる。
「・・・さん−−会見の内容は何なんですか?−−−電撃結婚って本当ですか?」
 うるさいハエを払うように、男は怒鳴った。「結婚なんか・・・するもんか!」
 病院の安置室で対面した彼女は、思いのほか痩せこけていた。顔色も死ぬ前から悪
かった事が想像できる死に顔だった。
「肝硬変から来る幾つかの合併症です。職業柄…飲み過ぎが原因かと…」
 医師の説明の意味が後から分かった。
「…ちゃん、最近必死で働いてたよ。客を増やして、酒の量も増やして・・・。別に
お金に困ってる訳でもなさそうだったし、第一、あんたって人がいるっていうのに」
 ニ人の仲を知っているクラブのマスターが焼香のあとで言った。
−−−なぜ金が必要だったのだ?
 無意識のうちに、昔、彼女と同僚だったホステスを尋ねていた。親友の一人だと聞
いたことがある。
「まさかの時に備えて貯えてたのよ。い〈ら貯めても安心できなかったみたい」
 まさか老後の貯えという訳でもないだろう。「貯えって・・・・・・店でも持つ気
だったのかな」
「違うわよ。それもこれも全部あなたの…」
「ん?」
「いえ、違うのよ」
「何だ。知っているのなら言ってくれ」
 ホステスはしばらく考え込むと、周囲に人がいないのを確かめて言った。
「言いにくいんだけど−−−あなたのために貯めてたのよ」
「俺のために?」
 仕事も稼ぎも順調そのものの男に何故?
「芸能界も水商売じゃない。こう言っちや悪いけど、いつ落ち目になるか分からない
業界で、もしあなたが食べて行けなくなったらどうしようってね−−−心配してたの
よ」
「俺が・・・」
「もちろん、そんな事にはならないって信じながらね。あなたが順調なら、貯金を
使って賢沢してやるってね。よく笑い合ったものよ」
 泣き笑いしながら元同僚は立ち去って行った。
 間もなく女の生命保険が届けられた。それなりの額で、名義はもちろん男の名だっ
た。

 男は写真の遺影を見ながら深い夕メ息をつくほかなかった。
 こんな遺産を残されたら、もう逃げられなくなってしまうではないか。
「どうやってお前の事を…忘れたらイイんだ?」
 結局、男は一生独身で過ごした。
 そして世間は彼の事をこう呼んだ−−−永遠の独身貴族−−−筋がね入りのプレイ
ボーイと。
                  (完)

2002年11月09日23時01分35秒投稿

S.S☆「登録商標」☆     あや太郎

 風采の上がらない男が一人、とある食品メーカーを訪れた。
「売上を飛躍的に伸ばす方法を伝授しに来ました。ぜひとも私の研究を採用して頂き
たい」
 企画部の担当も胡散臭そうに眺めるばかりだ。
「新製品の持ち込みも結構あるんですがね、大抵は味や栄養以前に、衛生検査やコス
トで振るい落とされるのがオチでして…」
「いや、新製品じゃない−−−新製品に付ける商品名なんですよ」
「商品名?それは我が企画部の仕事ですよ。そんなものを売り込まれてもしょうがな
い」「しかし−−絶対に売れる商品名があったとしたらどうします?」
「絶対に売れる?まさか…。ネーミングだけで売れたら、こんな楽な話は無いけど
ね」
 企画担当はいよいよ疑惑の眼で訪問者をねめまわした。
「絶対に売れるんだから仕方がない」
 男もそれだけ言って黙り込む。
「それじゃ、試しに聞かせてみてくださいよ」
「この段階では言えませんな。これは一種のアイデア商品ですから、言わば一発勝負
です。…まぁ登録商標権は取ってありますから、真似はできませんがね」
 どうやら本気らしい。しかも途轍もなく自信を持っているようだ。
「それは…どんな商品に合う名前なんですか?それから特に我が社を選んだ理由は
?」
「取り敢えず、清涼飲料に使う事をお勧めします。それから貴社を選んだ理由も、清
涼飲料部門の売上が落ちているからです。だから取り敢えず、この商品名で持ち直し
たらどうかと提案しているんです」
 ムッとしながら担当者も尋ね返した。
「わが社の売上の件はさておき、取り敢えず…というのは腑に落ちない。そもそもど
んな商品用の名前なんですか?」
「この商品名はほぼいかなる種類の商品にも応用できます。それほど素晴らしい普遍
的な商品名なのです。飲料部門が弱ければ、これを付ければ良いし、ラーメン部門が
弱ければこの商品名にすれば起死回生となるでしょう」
 ますます困惑する企画部担当を尻目に、訪問者は続けた。
「それともうひとつ−−−この商品名は薄利多売の大量生産品で、テレビ・コマー
シャルをしないと効果がありません。そこで一応大手でもあり、テレビCMも流し、
売上がイマイチの貴社を選んだという訳ですよ…ダハハハハ」
 いちいち癪に障る指摘だが、担当者は職業的な勘も働いたのか、この無謀な提案に
少々関心を持ちはじめた。
「分かりました。そこまで自信を持っておっ
しゃるのなら、企画会議に掛けてみましょう。もし通れば仮契約を結んだ上で重役会
議にはかり、あなた自ら説明をして頂きましょう。よろしいですね?」
「望むところです。但し採用の暁には…売上の五%をいただきますぞ、ダハハハハ」
 ひとつ間違えば大恥をかきそうな成り行きにも、男は動じるどころか破格の要求を
突きつけてきた。
 そして社長列席の上で開かれた重役会議で、訪問者はついに問題の商品名を公開し
た。

「あっ、そんな手があったのか…!」
 何と企画は採用され、話はトントン拍子に進み、早くも一ヵ月後には商品名だけを
貼り替えた清涼飲料が売り出される運びとなった。
 果してそのテレビCMが流れた翌日から、
スーパー、コンビニを中心に「新商品」は引っ張りだこ…店員が対応に追われ、てん
てこ舞いという騒ぎにまで発展した。
 しかもその新製品の大ヒットに対し、疑問や異論を差し挟む者はなかった。むしろ
売れて当然と皆うなずくばかり。そして今日も店頭では老若男女、誰もが覚えやす
く、しかも言い間違いがほとんど無い奇跡のようなこの商品名を客たちが口々に連呼
していた。
「店員さん−−−〔ほら、テレビでやってるアレ〕ちょうだい」
「こっちも〔ほら、テレビでやってるアレ〕下さいな」
「ハイハイ、分かりました。…〔ほら、テレビでやってるアレ〕ですね」
                  (完)

2002年11月09日01時34分12秒投稿

S.S☆「長い目で」☆     あや太郎

 結婚を前にして、彼女が彼氏に言った。
「実はあなたに言っておきたい事があるの」
「何だい?」
「わたし…本当は料理も掃除も苦手なんです。でもこれから努力して覚えて行きます
から長い目で見てくださいね」
「何だ、そんな事か。もちろん長い目で見させてもらうよ。…ところで実は僕のほう
にも君に伝えなければならない事が出来てしまった」
「あら−−それって何?」
「実は…血液検査の結果、ある病気に罹っている事が分かったんだ」
 それは現代医学ではまだ完治させる方法がないと言われている難病の感染症だっ
た。
「と言う事は…わたしにももう移っているっていうこと?」
「可能性は非常に高い」
 一瞬、二人の間に沈黙が降りた。
「海外旅行をして遊んだときに、感染した心当たりもある。こんな男がイヤなら別れ
てくれても恨まないよ」
「今更そんなのイヤ。過去の事や病気が原因で嫌いになったりしないわ。今のあなた
が本当に好きだもの」
「ありがとう。ぼくはきみのような女性に出会えて本当にしあわせ者だ」
「愛する人と同じ病気で死ねたら、ある意味では幸せだわ。でも二人ともあの病気だ
としたらあと何年ぐらい一緒に暮らせるのかしら?」
「昔なら感染から十年くらいで確実に死ぬ病気だと言われてたが、今は薬も治療法も
進歩してきて二十年くらいは生きられるそうだ。それに世界中の医学者が必死に研究
しているから、近いうちには慢性病のように共生できる病気になるのかも知れない。
そうなると、末期状態になるのはもっともっと先の事になるな」
「何だか先の長い話ね。結局私たちはこの病気で死ねるのかしら?」
「慌てる事はないさ。気長に付き合おう。だからキミも長い目で見てくれたまえ」
                  (完)

2002年11月07日22時40分16秒投稿

S.S☆「シェフの味」☆     あや太郎

「スライスする時は、あくまでも薄く一一みじん切りする時はあくまでも細かく一−
これが下ごしらえの基本だ。さあ、やってみなさい」
包丁の音が腹に響くほど大勢の弟子を前に指導しているのはフランス帰りのシェフで
あった。料理界ではちょっと知られた逸材なのだが、いかんせん自分の店は左前だっ
た。
本場の味にこだわるあまり日本では受けが悪いとの評価にも負けず頑張って来たが、
こう経営が傾いては致し方ない。何か一般受けする味は無いものかと考えあぐねてい
ると珍しく団体客が人店した。
「寒いなぁ〜。何かこう…こってりした熱い物が欲しいな。一丁頼むよ、シェフ」
凡そ「通」には程遠い客層だったが贅沢は言っていられない。こんな客でも掴んでお
きたい現状だ。シェフは無難なところでシチューを大鍋で煮始めた。あとは仕上げの
香料を人れるだけ−−−という所で、何とした事か、焦って自分の指を包丁で切って
しまった。「イテテッ…!」
左手の薬指の先が欠けていた。切れた指の肉が見当たらない。ひょっとしたらシ
チュー鍋の中に飛び込んだのかも…。焦っていると、店内から怒鳴る声が聞こえた。
「おーい−−身体が冷えてんだよ。早くしろい!」
どうやら危ない筋の客らしい。下手に持たせると暴れ出すかも−−シェフは指の血止
めもそこそこに、一か八かシチューを皿に盛り、運ばせた。
「旨い!−−こいつぁイケる」
店内で思わぬ絶賛の声が起きた。
「これは旨い。また来るぜ。仲間にも知らせてやらなきゃな、ハハハ」
同じ業界の客が増えても困るが、今は「指」の一件がバレなかった事だけで御の字の
気分だった。
その時の客の口コミか、いまらく客足が伸びた。注文はほとんどがシチュー。ところ
がいまらくするとまた客は頭打ちになった。
「噂ほどじゃないねぇ…」
失望の声が聞こえる。
「日本人の舌には合わないみたい」
以前よく聞かされた不満が再燃しはじめた。
「前の時は確かに旨かったのに・・・。手抜きしてんじゃないか?」
リピーターの文句を耳にするに至って、シェフは恐ろしい結論に逢着した。
「まさか・・・・俺の指が…?」
しかしそれ以外にシチューを旨くした要素は考えられなかった。
「と言っても、果して再現できるものかどうか・・・」
先細りの客足を見るに至り、シェフはついに決断を迫られた。
晋段ま使わない中華包丁を取り出すと、コツン−−−何と自分の小指を切り取り、シ
チューの中に放り込む。応急処置だけして料理を仕上げると、客のテーブルへ−−
「旨い!この味だ。シェフの味だねぇ」
確かにシェフの味なのだが、褒められた事よりも取り敢えずは客に愛想を尽かされな
かった事に安心しながら、シェフは指の痛みに耐えた。
二三日、厨房を休むと、また客からの不満が聞こえてきた。
「何だ、あまり旨くもないじやないか」
「おかしいなぁ・・・・・・あの味と違うような気がする」
またシェフは決断を迫られた。
スコン−−と薬指を切り落とすと又おそるおそるシチューに入れてみる。
「旨い!やっぱりこの味だ。シェフ−−明日も頼むぜ」
身体が持つか自信が無ったが、傾いている店の為だ、仕方がなし、。シェフはまた翌
日も悲壮な決意で厨房に入った。
スコン−−目をつぶって指を一本切った。慣れて来たのか余り痛みも感じなくなって
きた。鍋に放り込み、テーブルに運ばせる。
「旨い!やっぱりシチューはこの店に限るな」
「全くだ。こんな旨いシチュー、食った事がない」
なぜか分からないが「シェフの味」は他に類を見ない大好評ぶりだ。シェフも料理人
の本能が燃え上がり、指の心配など忘れてしまった。
スコン−−スコン−−と借しげもなく指を刻んでシチューに放り込む。
「旨い!シチューはこの店に限る」
連日にわたる賛美と盛況に酔いしれている内、気づけばシェフの左手は二の腕の根っ
こまで無くなっていた。
「もう手が無い。どうしよう・・・」
切羽詰まっていると、客のほうからもこんな声が漏れ聞こえて来た。
「美味しいんだけど…何だか味が濃くなり過ぎたんじゃない?」
「うん。最初の頃のほうがアッサリしてコクがあったな」
「何だかエグイくらい癖があるね」
その声を聞いてシェフはようやく自分の判断ミスに気づいた。
「しまった−−−スライスにしとげば良かった・・・
                  (完)

2002年11月06日23時03分34秒投稿

S.S☆「千年杉」☆     あや太郎

学者はエルサレムの街を歩いていた。べツレヘムの丘陵地帯を散策しながら二千年前
の出来事に思いを馳せる。他でもない・・・イエス・キリストの足跡を追っているの
だ。
博士は気鋭の歴史学者だった。すべてが型破りである。何より史実を掘り起こす手法
が空前絶後だった。何と「テレパシー」で過去を呼び出すというのである。学者自身
に「テレパス」としての能力があることは心理学者や精神科医の実験で証明済
みだった。人の心を読む事に関しては比類なき能力を持っている。そして彼はその能
力を「植物」にまで敷衍させた。
凡そこの地球上で長く生きている生物は「植物」の類だ。つまり彼らは歴史の証人と
して最も相応しい「古老」たり得るのだ。植物−−特に寿命の長い樹木の類には微弱
ながら「意思」や「思考」の念があると知覚していたこの学者は世界各地の歴史的名
所を旅しながら、地元に長く棲息する古木とコンタクトを取り、彼らが目撃した歴史
を聞き出そうと調査を続けていた。
しかし「古木」たちが意思や思考を持っているとは言え、それは実に微弱で希薄なも
のだった。しかもそれぞれの木々によって「周波数」が違い、なかなかコンタクトで
きそうな樹木とめぐり合えない。たまに「木々」の声が聞こえてきたとしても、それ
は赤ん坊の片言や老人の寝言のように混沌とした意味不明の物が大半であった。
「ニ千年以上の古木か・・・」
今回の目的はイエス生誕の前後から生えている古木を探す事だ。この近辺には「レバ
ノン杉」と呼ばれる数千年の樹齢を持った杉林がいまだに残っている。そういう土地
柄に大きな期待をした調査行でもあった。
「誰か、話し相手になってくれないかね?」
道行く人が怪訝な顔をするのにも構わず、学者は丘の木立に次々話しかけてみる。
…ムニャ、ムニャ…ブツ、ブツ…
相変わらず古杉たちは寝言のような念波しか送ってくれない。
山奥に行けば、もっと沢山の古木が残っているだろう。しかし「歴史的な舞台」から
隔絶された地の老木たちに問いかけても面白い話は聞けそうになかった。
「今回もめぼしい収穫は無しか−−」
学者が諦めかけた時、突如強力な念波が緑の香りとともに彼の脳裏を打った。
「ポクガ…アイテヲ…シマショウ」
それはまだ若々しさを残した「木の声」だった。そして若さ以上に学者との周波数が
理想的に一致していたのだろう。これまで経験の無いほど明瞭なテレパシーで、学者
も滅多にない有望なパートナーに巡り会えた喜びに震えた。
「若々しく力強い声だ。しかし余り若いと昔の事は見ていないだろう?」
「ボクハ・・・・ワカイホウダガ・・・ソレデモ・・・二千年近ク・・・生キテイル
・・・」
「ニ千年!それなら聞かせてくれたまえ。イエス・キリストがこの道を挽かれて行っ
た時の事を。そして磔にされた時の事を!」
「イエス・キリスト?…名前ハ・・知ッテイル」
「名前は?・・・じゃあ、本人を見ていないのか?」
「力レガ…ハリツケニナッタ…スグアトニ…ボクハ…芽ヲ出シ夕」
「何と、磔のあとなのか・・・」
それでは本人を見られるはずは無い。
「そうか・・・・残念だったなぁ。ほんの少し早く芽を出してくれてたらね」
学者は落胆に肩を落とし、背を向けた。
「ハナシハ…シナイノカ?」
かすかに「木の声」が追いかけてくる。
「聞いてもしようがないんだ」
学者は悲いナな微笑を心の中で送った。
すでに遠く歩み去った学者を見ながら、杉の木は通行人に聞こえない「声」で独り呟
いていた。
「アノ…アトノコトハ・・・ヨゥク知ッテルノニ。一一死ンダ・・・イエスヲ迎エニ
来夕…空飛ブ乗り物ノコトモ…銀色ノ服ヲ着夕…異星人達ノコトモ・・・ソシテ復活
シタ・・・イエスノコトモ・・・」
                  (完)

2002年11月06日00時18分10秒投稿

                『JRバス』       ヘーパイ

 名神高速道路の終着地、西宮を目指して東京から夜を徹して長駆してき
た定期便大型トラックの運転手が、そのバスを目で捉えたのは吹田インタ
ーチェンジに差し掛かった辺りだった。
 濃紺とホワイトのツートーンに塗り分けられたバスの車体には《ジェイ
アールバス》の文字がくっきりと読み取れた。行き先表示板には《USJ
行き》と電光で表示がなされている。
 夜の底が白み始めてから幾分の時を経た早朝である。薄明るい朝の光が
アスファルトの路上に浮かび上がらせるハイデッカーバスの巨体は微妙に
不自然な蛇行を見せて進んでいた。
「居眠り運転か」ちっと、舌打ちを鳴らして一人呟いた大型トラックの運
転手だったが一瞬の後、脳裏に別の考えが閃いた。
《飲酒のまま高速道路を走行したジェイアールバスの運転手、パーキング
 エリアで駐車車輌に接触事故。その場で運転手逮捕》
 つい最近ニュースになった事件である。

 居眠りにせよ酔っ払いにせよひとつ注意をしてやろう。思い立ったトラ
ックの運転手は追い越し車線に進路を変更すると一気にアクセルペダルを
踏み込み、加速してトラックとバスとを並走させた。
 トラックのキャビンがバスの運転席の横に追いついたとき運転手は特製
のエアフォーンをわめかして不埒なジェイアールバスの運転手を驚かして
やろうとバスの運転席を覗き込んだ。
 次の瞬間、腰を抜かすほど驚いたのはトラックの運転手のほうだった。
 なんとバスの運転席に身を沈め大きなハンドルを、まるでしがみ付くよ
うにして握っているのは10歳くらいの男の子だったのだ。
 慌てふためく運転手だったが、このとき丁度都合のよいことに前方に吹
田サービスエリアを示す緑色の看板が見えた。トラックの運転手は少年を
驚かせないように注意しながらプァッ、プァッ、プァッ、と短く緩く警笛
の音を響かせた。うっとうなしそうな視線を投げて寄越す少年にトラック
の運転手は左手と人差し指を伸ばして迫り来るサービスエリアの入り口を
指し示した。そこに車を入れろという合図のつもりである。
 少年が指図に従う保証はない。だがトラックの運転手にはそれ以上に行
うべき強引な手立ては思い浮かばなかった。はらはらと肝を冷やしている
トラックの運転手の心中を悟ってか、ありがたい事にバスは素直に吹田サ
ービスエリアの進入路へと鼻先を突っ込んでいった。
 どうやらバスはそこで一息入れるのが予定の行動であったらしく、駐車
スペースにその巨体を停止させるとドアを開けて乗客を降ろし始めた。
 バスに続いてトラックを止めた運転手は血相を変えてバスのドアに駆け
寄った。息せき切った男がそこで見た光景は、呆然として立ちすくまずに
はいられないものだった。
 開け放たれたドアから次々と吐き出されてくる乗客たちは皆が皆、幼い
子供達だったのだ。そしてその子供達に「トイレはあちらです、行き交う
車にご注意ください…」と黄色い旗を手にして注意を与えている添乗員も
やはり10歳くらいの女の子なのである。石化してなすすべもない男の背
筋を突如稲妻に似た戦慄が走った。昔見た低予算のSF映画の思い出が脳
裏に蘇ったのである。

 ある田舎の村で女性全員が一夜にして妊娠するという事件が起こる。
 やがて女性達は出産する。時を経て赤ん坊から少年少女へと成長した子
供達は大人に反乱を起こす。団結した子供達の前に大人は手の施しようも
なく、遂に村は子供達に占領されてしまうのだ。
 その眼は怪しく光り、無言のまま集団で行進するおかっぱ頭の子供達。
 狂気に操られた子供の様子が不気味な恐怖を呼び起こす映画だった。

 男がそんな取りとめもない思いを巡らせているうちに、乗客の子供達は
皆バスから降りてしまったらしい。最後に席を立った10歳くらいの運転
手がバスを降りて、佇むトラック運転手の前に立ちはだかった。
 トラック運転手の胸まで程しか背の届かない少年だった。その少年が大
の大人に向かって甲高い声で怒鳴り声を上げた。
「なんだよ、おじさん。子供が運転してるからって慌ててバスを止めよう
ってつもりかよ。あんたバカか?バスの車体になんて書いてあるのかよく
見てみろよ」
 子供の剣幕に気圧されて男は思わずバスの横っ腹に視線を走らせた。そ
こには初めに見たとおりジェイアールバスと書かれてある。一瞬の間を置
いて何事かに気付いた男はあっ、と声を上げた。冷静に見るとバスのボデ
ィーには《Jrバス》と書かれてあったのである。
 ジェイアールはジェイアールでも《JR》ではなく《Jrバス》だった
のだ。
 その事実を確認した時、全てを理解したトラックの男はへなへなとその
場にしゃがみ込み力なく呟いた。
「そうか、このバスは《ジュニアバス》だったのか…」

                     ―しまい―

2002年11月03日16時43分33秒投稿

S.S☆「恐怖のプライバシー」☆     あや太郎

「よぉよぉよぉ…何だ、このラーメンは?ハエが入ってるじゃねぇか。客にこんな物
を出しやがって−−町中にふれまわってやろうか!この落とし前、どう付けるつもり
なんだ…よぉよぉよぉ?」
 チンピラが下町のレストランで、よく有るイチャモンを付けていた。この町に住み
着いてまだ三日−−これがチンピラの初仕事である。しかし幸先はあまり良さそうで
なかった。
「キミ、キミ−−ちょっと交番まで来てもらおうか?」
 たまたま通りかかった巡査に見つかり、あえなく引き立てられた。
「俺が入れたんじゃないよ。本当に最初からハエが入ってたんだよ」
 白々しい申し開きに巡査が苦笑していると電話が鳴った。
「ハイ−−えっ、被害者から届けがあって?−−何と…そういう事情があったんです
か−−分かりました。ただちに−−」
 他人事のように聞いていたチンピラに巡査が重々しく話しかけた。
「レストランの店主から事情を聞いたところ−−キミには本署のほうへ行って調べて
もらう事になった」
「えっ、本署へ?ちょ、ちょっと待ってよ。そんな大げさな。たかがハエを入れたぐ
らいで…。あっ言っちゃった。白状しますよ。用意したハエを入れたんですよ。いつ
もの手口で−−よくある悪戯っスよ、ナハハハハ」
「とにかく詳しい事は本署で聴こう」
 迎えに来たパトカーで本署へ運ばれたチンピラの前には厳めしい顔の刑事がずらり
−−「キミは、町中に言いふらす…と脅かしたそうだね」
「えっ、そんなこと言ったかな?…いや、セリフまでは覚えてませんよ。要するに因
縁を付けて小遣いを貰えりゃイイんだから」
「トボケているようだが、君はあの店の店主が外国籍で、それを隠さねばならないと
いう事情を知った上で、あんな脅迫をしたんじゃないのか?」
「えっ、外国籍?…知らないっスよ、そんな事。何で隠すのかも知らないしさ」
「本当かね?じゃあ元もと諜報機関のエージェントで、亡命して来た事も知らないと
言うのか?」
「し、しらないよ。まるでそんな事…。あそこの店主の事なんか知らないで入ったん
だから…」
「じゃあ。店主の奥さんが大量殺人を犯したテロリストの娘だと知って、それを言い
ふらそうとしたんだな。たとえそれが事実でもみだりに口外すると罪になる事は分
かっているんだろうな」
「テロリスト!そんな事いよいよ知らないよ。いいかい、俺は…」
「さてはあの夫婦の娘が悪名高いカルト集団の信者だと知って、それを言いふらす気
だったんだな?それでなければ、あそこの息子たちが医療事故で恐怖の感染症に罹っ
ている事をバラすと脅迫する気だったのか。そうだろう?正直に言え!」
「勘弁してください…。俺は何も知らないんだ。もう何が何だか分からない…。お願
いです…命だけは助けてください…」
「本当に知らないのか?しかし例え知らなくても罪は罪だ。執行猶予付きで三年と
いったところか」
「そんな、ひどい…」
「もし知っていたら、実刑判決は免れんぞ」
「執行猶予で結構ですぅ」
「妙な奴だ。まぁ今回は知らなかったという事で釈放してやるが、今の話で全部事情
を知ってしまった訳だから、今度こんな事をやったら、間違いなく終身刑だぞ」
「もうしません…。勘弁してください…」
 かくしてチンピラはめでたく足を洗った。
                  (完)

2002年11月01日23時07分09秒投稿

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