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2002年10月16日〜31日
S.S☆「名医」☆ あや太郎
二人の医者が居た。
医大の同期でライバルで、共に数々の業績を上げ、共に当代随一の名医とうたわれ
ていた。しかし自意識と対抗意識の強い二人は、互いに名医の座を譲り合おうとはし
ない。
「どちらが名医かと聞かれれば、僣越ながら私だと言う外はない。なにせ治療し、命
を助けた患者の数が違うからね」
「いずれが名医かと問われれば−−−やはり私だろうな。なにせ治した病気の難しさ
が違う。患者の数など問題じゃない」
二人は意地を張り合うばかりだった。
「先生方−−これでは結論が出ません。何か決め手になる事はありませんか?」
「そうじゃなぁ−−−それなら今後どれだけ生きられるかで勝負するのはどうかね。
自分の健康を保ててこそ名医と言えるからな」
「望むところだ。それでは長生き合戦で勝負しよう」
かくして二人は医師生命を賭け、自らの健康を管理した。そしていつの間にか二人
揃って百才を越していた。
「百才なんて軽い軽い。ワシはまだ元気だが、相手はもう弱ってるんじゃないかな。
どうやらワシの楽勝のようだ」
「何を言う。私のほうこそ衰え知らずだ。どうやら勝負は百二十才ラインだな」
そしていつしかその百二十才もクリアした。
「しぶとい奴だ。まだついて来ているだけでも褒めてやろう」
「何を言うか。ワシのほうは余裕綽々じゃ。こりゃ百五十才が勝敗の境目かな」
そして百五十才も越した。
「お二人とも、長寿記録を作った上、まだこの元気ぶりです。いったい長生きの秘訣
は何なんですか?」
「身体に良いという事を実行して、ストレスの溜まるような事はせず、気楽に過ごす
事じゃな。それこそが健康管理の極意じゃよ」
「ご同様じゃ。別に秘訣なんて要らん。ただ自然のままにのんびり暮らす これが出
来
てこそ名医と言えるだろうな」
「ところでお二人のお仕事ぶりですが−−−あれ以降どのような業績を上げられまし
たか?」
「仕事?そんなもの、何もしとらんよ。自分の健康管理で手一杯だった」
「右に同じ」
「どこが…名医だ〜!」
(完)
2002年10月31日23時43分39秒投稿
今日は、亀虫ぷっぷです。
10月28日 ワッハ上方レッスンルーム 「第11回 桂 吉弥のお仕事です。」
出し物
●「八五郎坊主」 桂 雀五郎
●「みかん屋」 桂 吉弥
●「強情灸」 桂 こごろう
●「池田の猪買い」 桂 吉弥
中 入
●「お玉牛」 桂 吉弥
以前、ボラボラ中の馬場さんと出逢ぉたのが縁で〈ごめんやす馬場章夫です〉30周年
記念イベントに出演しはった吉弥さん。
3分間の本芸の時間をもろぉてお祝いの小咄を一席やらはったそぉです。
会場でバンちゃんに柏手を打ってる人に
「そないするほどやないやろ?」
「いや、バンちゃんにやないねん。向うに鳥居が見える。」
ま、そこそこ結構。
文福さんの満塁ホームラン2本には負けてますけどね。
メインディッシュにはならんけど、前菜には持ってこいの「みかん屋」。
みかんだけにデザートか?
笑い処も多いしさらっと軽ぅ流せます。
で、滞りなく流れました。
メインは「池田の猪買い」。
野良仕事の百姓が案山子やと気付いて
「よぉでけてるなぁ。頭が一升徳利で蓑と笠が着せたある。
とっくりと見なんだが身の一生の誤りやなんて…俄がでけたあるがな。」
ここで案山子の正体の説明を飛ばしたにも拘らず俄の部分を言わはったもんで、中途
半端になってしまいました。
その後の〈ニュウとチラチラ〉もスムースに行かなんだ。
お決まりの台詞でごちゃついたらいけませんな。
この日がネタ下ろしやったんでしょぉか。
落ち前にちょっと一工夫。
気ぃがついた猪が起き上がって向うへ指してダァーっと。
「ほれ客人、あの通り新しいわい。」
従来はトコトコっと歩きます。
あざといばかりの新鮮さの表現ですな。
六太夫が囲炉裏の火を大きゅうして
「寒かったじゃろぉ。こっちへ入って当たりなされ。」
「そぉでっか?そしたら…ゴツン。」
「おいおい、違う違う。頭を柱に当ててどないするねん。」
吉朝さんのこのくすぐりをちょっと挟んでくださればより嬉し。
今年で3回目の挑戦になるNHKの新人コンクール。
残念乍らまたもや決勝で敗退。
今年の大阪からは弟弟子の米吉さんと二人で
「米吉が優勝したら…周りに気ぃつかわせて…後の雰囲気が…云々。」
「百年目」の治兵衛も斯くやっちゅうほど色々考えたはったそぉです。
要らざる心配でしたけどね。
「全国ネットで3回も顔を映してもろぉた方が、優勝の50万円より値打は有る。」
強ち負け惜しみや無いよぉに思いますな。
まぁ、今年で6回目っちゅう人もいたはるらしいんでまだまだ大丈夫。
尤もその人は特別賞なるもんを頂いたそぉです。
この賞は今まで無かったし、来年以降も存在するかどぉか分からん。
要は
「もぉええんちゃう?気ぃ済んだやろ?御苦労さん。」
という意味のもんらしい。
キャリアも14年という事なんで…まぁ…ほんまにもぉええんちゃう?
そのコンクールでの吉弥さんの出しもんが「お玉牛」。
以前に一度この会でやらはったんですけど、今回落選の腹いせに再度掛ける事に。
この噺は米朝師匠も吉朝さんもやらはりません。
吉弥さんはネタが好きという事で、春團治門下の人に付けてもらわはったそぉです。
それだけに気の入れ方も違うんでしょぉな。
三代目の艶っぽさが出せるまで磨いて、ぜひとも十八番に育てて頂きたいもんです。
吉弥さんの〈ごめんやす〉に対抗して、こごろうさんは〈ありがとう〉の出演話。
負けず嫌いか?
独演会の宣伝やったんですけどね。
ところが殆ど浜村氏が喋ってた。
一つ演目を言うたら、それについての蘊蓄を延々と連ねたはったそぉです。
「出なんだら良かった。」
…て、そらあのペースで喋られたんではねぇ…。
ざこば一門とは違ぉてソフトタッチの「強情灸」。
こごろうさんの飄々とした色が出ていて結構でした。
「八五郎坊主」は雀五郎さんの十八番になりつつありますな。
聴いた中でもこれが一番ええよぉに思います。
今回は高座が狭いもんで、庫裏の戸を開ける時の横移動は無し。
大師匠の偉大なる遺産を観せられなんだとはさぞ残念やった事でしょぉ。
またの機会に、もっと広い舞台で思いっきり披露していただきましょ。
但し、膝痛めんよぉにね。
現在お気に入りのメンバーが三人揃ぉて、大変お得な会でした。
これがなんじゃいなっちゅう顔触れやったら聴いてるのが辛いやろぉなぁ。
まぁ、それやったら行かんわね。
2002年10月31日12時34分11秒投稿
S.S☆「必殺仕掛け業」☆ あや太郎
法で裁けぬ心の罪、自力で晴らせぬ恨みやつらみを本人に代わって償わせ、晴らそ
うという代行業務が誕生した。
軽いしっぺ返しから、家庭崩壊、地位失脚まで、ありとあらゆる仕返し復讐をその
レベルに応じた料金で代行しようというのだ。復讐は一応「合法的な範囲」でしか行
わないという建前なので現行の法律では規制できない。一体どんな事になるのかと皆
が見守っている間に、あちこちで それらしい「逆イジメ」や「逆セクハラ」や「報
復的家庭崩壊」が頻発した。−−主な戦術は、ビラまき、噂の流布、いたずら電話エ
トセトラ…。
そしてついに首相が国民に訴えた。
「まことに遺憾な風潮であります。このままでは社会全体が混乱し、ひどい事になり
ます。政府命令で、この業種の徹底規制と〔仕掛け人〕の監査を行います」
総理大臣自らが腰を上げ、〔仕掛け家業〕の取り締まりが始まった。しかし巧妙に
も代行員たちは大半が専任ではなく他に仕事を持った人間ばかりだったので、普段は
一般市民に紛れ識別できない。どこかで仕返しや復讐劇が起きたとしても、実際に誰
が手を下しているかが判らないのだ。そんな訳で「闇の仕掛け人」たちの捜索、検挙
は遅々として進まなかった。
「これは由々しき事態であります。いくら法で裁けぬ罪、晴らせぬ恨みがあるとして
も、こんな危険な方法で報復していては世の中が混乱するばかり−−」
再び会見する総理に、記者の一人が訊いた。
「しかし総理−−仕掛け人たちが登場してから我が国の犯罪件数が減ったというじゃ
ありませんか。自分のすぐ隣に仕掛け人たちがいるかも知れないと思うと、うっかり
他人の恨みを買うような事はできないという緊張感が生まれて、人をイジメたり、迷
惑をかけたりする人が減ったと言われてますよ。これは一種の教育効果があったと
言って良いんじゃないですか?」
「そんな犯罪抑止策は不健全だ。誰に密告されるか、誰に復讐されるか分からないな
んて恐怖社会じゃないかね。そんな危険な事を続けていると、本当にひどい事になっ
てしまう。私は断固〔仕掛け人〕たちを一掃する!」
総理の号令で〔仕掛け家業〕の取り締まりは一層厳しくなった。そして一組また一
組と仕掛け人組織が検挙され始めたある日、、何と総理官邸の周囲にこれまで受け
取った賄賂・不正献金のリストや、その証拠写真、証拠テープから隠し口座のコピー
までが所狭しと並べられているのが発見された。
−−−巨額賄賂発覚−−−現職総理、逮捕へ!−−
官邸から連行される総理に取材陣が群がる。突きつけられたマイクに向かい総理が
憮然とした表情で答えた。
「だから言ったじゃないか−−−しまいにはひどい事になるって」
(完)
2002年10月30日23時14分57秒投稿
今日は、亀虫ぷっぷです。
10月18日 TORII HALL「第四次 雀三郎みなみ亭」
出し物
●「煮売屋」 桂 雀太
●「七度狐」 桂 雀三郎
●「三十石」 桂 雀五郎
中入
●「つる」 桂 雀喜
●「幽霊の辻」 桂 雀三郎
前半は東の旅関連もんの三本立て。
「七度狐」のベチョたれ雑炊の場面。
「それは藁みたいなんや無い。藁でおます。」
「聞いたか?‘藁みたいなんや無い。藁でおます。’やて。
笑わしよんな。」
そぉか。雀さんがこのくすぐり入れたはったのか。
雀五郎さんの単独犯行や無かったんやね。
散々文句言うて陳謝。
けど、辞めはった方がええと思いますな。
師弟共々ね。
三回目の「幽霊の辻」。
もぉ完璧に雀さんのもんですな。
そぉ言うたら出囃子も枝雀さんの‘ひるまま’を使ぉたはります。
普通の噺の場合、前半分が仕込みで後半それを料理していくのがパターン。
けど、この噺は95%が仕込み。
雀さんは残りの5%をさっさと済ませて、一気にラストまで持って行かはりますな。
枝雀さんはもぉ少々膨らませたはりましたけどね。
その短い中に、鳥の羽ばたきに吃驚する様を挟んだりする工夫も有りました。
着実に十八番に育ちつつありますな。
良かった良かった、小佐田センセの傑作が残って…。
「雨乞い源兵衛」もぜひ継いで頂きたいもんです。
「つる」は枝雀さんの印象が強烈。
よぉ知られた単純な筋を大爆笑編に仕立て上げたはりました。
私にしたら枝雀ベスト3に入る噺やと思いますな。
雀喜さんは米朝流を忠実に。
枝雀流はちょっと‘にん’やないか。
まぁ御本人以外誰も出来んわね。
中取りは今売り出し中の雀五郎さん。
伏見から八軒家まで、フルコースの「三十石」でした。
ネタ下しなんでまだ危なっかしい処が其処彼処に見えましたけど、大過無く終了。
船頭が唄う場面で、袖から師匠が一節。
「今唄ぉたのは誰じゃい?雀さんか。さぁすが上手いもんじゃのぉ。」
美しき師弟愛ですな。
お女中を膝に乗せると言うた人物。
船中はもちろん、到着後の事も色々想像を逞しゅうしますな。
この独り語りがちょっとギクシャクしたはりました。
もっとトントンと滑らかに、スピーディに進めてもらいたかった。
ここいらは仁鶴さんのがよろしいな。
到着間近。
早朝の農村風景から船中の描写へ。
「客はコックリコックリ、船頭はガックリガックリ。
皆で舟を漕いでおります。」
もぉ少々押さえ気味に、フェードアウトするよぉに終わって欲しい気がしました。
ま、あれもそれもこれも含めて先々のお楽しみという事で…。
雀太さんの高座で初めて笑ぉた場面。
大坂の洒落言葉で
「背中は?」
「なかせやな。」
「あぁそぉか。かなせや思うけど…。」
漢字で言うたら‘中背’で正解ですけどね。
それやったら、頭は‘たまあ’やなしに‘またあ’ですか。
双方関連ある部位に聞こえますな。
‘手ぇ毛ぇ目ぇ歯ぁ’は一字で…まてよ?
上方では‘えてえけえめあは’になるか。
噺にはならんけど…。
2002年10月29日11時25分56秒投稿
S.S☆「そして誰も居なく…なくなった」☆ あや太郎
年老いた大富豪を一刻も早く見送り、莫大な財産を手に入れようとする何度目かの
若妻・・・そして若妻と通じ、結託して富豪を亡き者にしようと企む切れ者の秘書・
・・小説・映画に良くある話である。そしてここにも一組…そんな不埒なカップルが
居た。
「計画はこうだ・・・…別荘のあるあの離れ小島へ、我らの会長と遺産相続権のある
連中を呼び集め、一人また一人と抹殺して行く。そしてもちろん秘書である僕も生存
の望みが薄い行方不明者になって、姿を消す。たまたま他の用事で島に行けなかった
若妻は生き残り、悲しみのヒロインとなって全財産を引き継ぐ…」
「そして、双子の弟に扮したあなたが、付かず離れず、私を見守り、支えてくれるっ
て筋書きね。でも本当に大丈夫?・・・弟に化けたりして」
「心配ないよ。もう半年も前から、帰国した弟のフリをして、親戚や知り合いの間を
行き来するようにしてるんだ。みんな、信用して、あの風来坊がようやく落ち着いて
くれた、と喜んでるよ。…知っての透り、弟は遊び人でね、よく言えば漂白の芸術
家、ハッキリ言えば根無し草のフーテンさ。十年前からブラリと世界旅行を始めたの
は良いが、すぐに旅費が無くなって、結局尻拭いをしてるのは僕だ。仮に戻って来た
ところで、世情に通じてない奴だから、何とでも言いくるめられる。小遣いやって、
邪魔にならないように、また海外へ追い出したら良いのさ」
「それなら大丈夫だわね。じゃあ、しっかりと財産相続のライバル達を始末してね。
私も一所懸命、仮病でも装うわ」
かくして「誰も居なくなった計画」はスタートした。
富豪の七十歳の誕生日を祝うため、別荘のある風向明媚な島へ係累たちが呼ばれ
た。
腹違いの妹夫婦、甥夫婦、会社の老番頭、そして巧みに信頼を勝ち得た例の秘書で
ある。
子供などの濃い血縁はなかったので、特別な財産分与が遺言されている気配は無
い。そうすると、このメンバーが死に絶えれば、富豪の財産のほとんどは残された若
妻のものになるほかはなかった。
秘書の忙しい一日が始まった。一人で富豪+番頭プラス夫婦二組を、要領よく葬ら
ねばならない。
「まぁ、自分も消えるんだからな」
案外細かい工作は必要なかった。
先ず、妹夫婦をヨットに誘った。
「嬉しいわぁ。こんな豪華な船を独占できるだなんて」
喜ぶ足元からは海原の真ん中で、潮が吹き上げるように仕掛けをしておいた。
「二人の帰りが遅いじゃないか」
何気なく聞く富豪には無線連絡があったと答えて置いた。
「あんまり爽快なので遠くまで走ってみるそうですよ」
無論、本当の消息は「無事」絶えた。
翌日、甥夫婦をスキューバ・ダイビングに案内した。
「素晴らしい珊瑚礁だぜ。観光地じゃないから水が澄んでる。あぁ、夢心地だ・・」
酸素ボンベに昆入した睡眠薬で、本当に気持ちよく漂い始めた。
潮に流されて、間もなく太平洋の真ん中に到着するだろう。
釣り好きの番頭は、無論釣り舟に誘い込んだ。
「見事な鯛がよく上がるんですよ」
「それはタマらん話だ」
嬉々として釣り糸を垂らす。釣り糸の先に夢中になっている隙に、船を傾け、体勢
を崩したところをそっと、しかし思い切り背後から突き落とした。
「これで魚の仲間入りだぜ」
残念ながら老番頭は泳げないそうである。
ついでに小船は転覆させた。むろん秘書自身の遺留品はきっちり残したままで。
残るは富豪一人となった。
「何だ、誰もおらんじゃないか。ワシの祝いだと言うのに、どこへ行ったのだ?」
「皆さん方、この美しい海に夢中のご様子ですよ」
「それでわしのことなんか忘れたと言う訳か。薄情な奴らじゃ。なるべく財産は残さ
んようにしてやろう。ホッホッホッ」
「いや、まことにもって…」
実際、誰も受け取れない事になっているのだから。
「夜のパーティまでは時間が有るし、退屈なもんじゃのぉ」
「会長・・・裏手の展望台からクジラが見えるかも知れません。先ほど妹様ご夫妻か
ら無線が有りました」
「この季節にクジラが?そいつは珍しい」
ホエール・ウォッチングという隠れた趣味が有るのを、信頼されている秘書はもち
ろん熟知していた。
「ほら、あそこに見えますよ、会長。沖の小島の横手です」
「どれどれ・・・ここからでは見えんぞ」
「展望台の先からなら良く見えるはずです」
「ここかね?・・・ウワッ…!」
人が乗ると落ちるくらいの強度に仕組んでおいた展望台の一角が、計算どおり崩れ
落ちた。富豪は海の上へ突き出た見晴台から、更に間近に海の景色を眺めながら波間
へと吸い込まれていった。
「やったぞ。これであとは俺が姿を消すだけだ。…そして誰も居なくなった・・・フ
フフフフフ」
隠しておいたモーターボートで島を離れると、秘書は一旦沖へ出て、鳥も通わぬ無
人島に上陸すると、リモコン操作で沖へ走らせたボートを爆破した。
数時間後、前もってチャーターしておいた釣り舟が、釣り好きの老人に変装した秘
書を迎えに来ると、完全犯罪者はとぼけた口調で釣り逃がした魚の話をしながら本土
へと舞い戻った。
島の別荘と連絡が付かない…という通報を受け、若妻を同乗させた沿岸警備艇が島
に着いた。無論、双子の弟に成りすました秘書も一行に潜り込み、事の成就を確認に
赴いた。
「転覆した釣り舟が発見されました。スキューバに出ていたと見られる夫婦も見当た
りません。それからヨットが一艘沈んでいるのも確認されてます。遺留品は秘書の携
帯品らしき物が数個だけですが・・・」
「展望台の隅のテラスが崩れ落ちていました。雨風に柱や床板が傷んでいたようで
す。犠牲になった人の物らしい足跡がこれなんですが・・・」
「見覚えはありますか、奥さん?」
「たぶん・・・主人愛用の靴ですわ」
ヨヨと泣き崩れる。捜査員達の視線から外れたところでニセの弟と目配せし、心の
中で「してやったり」のポーズをとった。
「奇奇怪怪なる事件だ。この島に集まった身内ばかり七人が皆姿を消すとは。誰か一
人でも出てきてくれれば何があったか推理もできるんだが」
捜査官がボヤいた。
「誰も出てこなかったら・・・全員死亡って事ですか?」
同行の地元紙記者が聞いた
「縁起の悪いことを…。奥さん方がいるっていうのに」
若妻がまた泣き崩れた。隠し持った目薬が空になった。
「とにかく海上を捜索だ。近所の島の漂流物も見逃さんように」
ところが、捜査官が指令を飛ばしていると、どこからかーーー
「ただいま〜〜」
皆が外を見ると、ボンベや足ヒレを引きずった富豪の甥夫婦がヨタヨタと歩いてくる
ではないか。
「あ、あんたたち・・・」
と言いかけて妻と秘書が息を飲む。
「潜ってるうちに良い気持ちになっちゃって、眠っちまったんだよ。珊瑚の浅瀬に打
ち上げられて、そのままなら引き潮に持って行かれてたとこなんだけど、騒がしく起
こす人が居てね、あの人だよ……」
指差す浜辺から、会計を仕切る老番頭が、包帯だらけで杖をつきながら歩いてき
た。
「突然、釣り舟がひっくり返りまして、もがいてる内、珊瑚礁にたどり着いておりま
した。泳げぬ上にあちこち怪我をして、もう駄目かと思っていたら、何とすぐそばに
こちらの
甥御さんご夫婦が気持ち良さそうに眠っておられまして…」
「やかましく起こすもんだから目を覚ましちまった。まぁ、あとは親切に年寄りを陸
まで連れて行き、病院を探して、やっと帰って来たって訳さ。みんな心配してくれて
たのかい?」
「起こしてもらったんだから、それぐらいの親切は当然でしょう」
捜査官も苦笑した。
「ほんとに、うるさいったらありゃしない。金を借りに言ってもウルサイこと言うし
さ」
「それが当方の勤めでございます」
捜査官達の笑いに合わせて若妻とニセ弟も顔を引きつらせたその時・・・
「あ〜〜あ、楽しかった。ただいま〜〜」
今度はヨットで死出の旅に出たはずの妹夫婦が健康そうな日焼け顔で舞い戻ってきた
ではないか。
「あ、あなた方も・・・!」
まさか…と言うのだけは留まって若妻が応えた。
「船底に穴を空けてしまってね、水が入ってきたときは、どうしようかと思ったよ。
幸い、パスタがあったんで、一時凌ぎで穴埋めしたんだ。そうこうするうち、運良く
知り合いのヨットが通りがかってね、そっちに乗り換えたら、バーべキューの真っ最
中さ。飲めや歌えの大騒ぎで夜更かしして寝過ごして、やっと今ごろ戻ったって訳
さ。無線機もヨットも沈んじゃって連絡できなかったから心配かけちゃったかな?」
「小さな心配は大きな喜びのモトですからな。まぁお気になさらずに。すると、居な
くなったのは富豪と秘書の二人と言う訳か…」
噂をすれば影・・・その背後から、老人のしわがれ声が聞こえてきた。
「ふぁーあーあ・・・、退屈して居眠りしてしまった、見かけぬ面々もおられるよう
だが、何かあったのかね?」
「あ、あ、あなた・・・まさか?」
「これはこれは大富豪じゃないですか。どこに隠れておられたんです?」
「隠れておった訳じゃないさ。展望台の床板が抜けて、まっ逆さまに落ちかけたんだ
が、夢中で捕まった紐みたいな物が、何とゴム・バンドじゃった」
「ゴムバンド?何でそんなモノが?」
「実は去年、一人でここへ来たとき、こっそりバンジー・ジャンプの練習をしてみた
んだ。人目があると、年寄りには無理だと邪魔するからな。その時のゴムバンドが吊
るしっぱなしになっておったんだな。いや、床板は傷んでたが、ゴムバンドは丈夫な
もんだ。一旦、海へ飛び込んで、また戻って来た。
わしと妻の絆もそうあればよかったんじゃがなぁ、ん?」
未亡人になり損ねた若妻が顔を伏せた。
「別荘へ戻ってみると誰もおらんので、事の次第がハッキリするまで奥の部屋で昼寝
しておったと言うわけじゃ」
「いや、元気なお方だからそんな離れ業が出来たんですなぁ。驚かされたり感服した
り、ですよ」
捜査官も苦笑した。
「さぞかし、秘書も心配しておるじゃろう。無事を知らせてやらんと・・・おっ、秘
書君、そこにおったか。心配かけたな。いや、君の計算どおりかも知れんがね?」
「いえ、違うのよ、あんた」
聞いていた妻が咄嗟の機転で言い訳した。
「この人は秘書の双子の弟なのよ。あなたとは初顔合わせだわ。秘書さんは釣り舟が
転覆して気の毒に行方不明なんですもの」
「ほぉ、そうだつたのか?……双子だけあってよく似ておるもんだな」
ひきつり笑顔の妻と秘書を、今度は捜査官が冷たい笑顔で見やった。
「ともかく、これでほとんど誰も居なくなくなった訳だ。さて真相を教えてくれるの
は誰なんですかね?」
そんな言葉が終わらぬ内、何とそこへ、秘書そっくりの男が血相を変えて飛び込ん
できた。
「たまたま帰国したら、いきなり海南事故のニュースを聞いて駆けつけました。兄さ
んは無事でしょうか?」
呆然と対面を果たした兄弟を見ながら、富豪が冷ややかに首を振った。
「何と、双子の弟が二人も居たとはねぇ。驚きましたな、刑事さん?」
「全くですな。・・・誰もいなくなった…どころか、誰か増えてしまった…訳だ」
(完)
2002年10月28日22時54分12秒投稿
S.S☆「証拠ビデオ」☆ あや太郎
荒れ散らかった部屋の中で、一種不可解な死体が見つかった。鑑識からの報告を待
ちながら若い刑事たちが上司の前で首を捻っていた。
「警部・・・一体どうなってるんでしょう?かねがね怪しいと思っていた人物ではあ
るんですが・・・?」
「確かに。やり手の女社長にしてはあられもない最期だなぁ」
高給マンションの一室は脱ぎ散らかした衣服と、「ご乱行」の跡がここかしこに転
がっている。
「創始者が急死した後、社長になった若後家さんだけあって、後ろ暗い噂や恨みを
買ってるという話は耳にしてましたが、やはり初代の急死とも絡んでるようですね」
「ふむ。当局の調べでも愛人の第一秘書と結託して前夫を病死に見せかけた容疑が濃
厚だ。その後も堅物の計理士を抱き込み、脱税したり、役人や商売敵の社員どもを買
収して公共工事を横取りしたり、怪しい関係は尽きなかったようだ」
「じゃあ、それが何故、こんなレイプ殺人みたいな死に方に繋がったんでしょう?」
「それが分からん。殺しあうにしても、もっと秘密裏にやるはずだし、暴行殺人と言
うには、この悩ましい内装や舞台装置が不似合いだしなぁ」
一室はまるで風俗の館のような生々しい様相を呈していた。
「警部・・・発見されたビデオカメラとテープですが、妙なことに色んな機種で、多
数の指紋が付いてるんです」
「つまり何人もの人間か゛録画していたと言うわけか。中身はやはり…?」
「はい。乱交プレーの連続なんですが、今モニターに流して見ます・・・」
いろんな意味で色めきたった捜査員達が画面に見入るとめ・・
「あれ?死んでた女社長と秘書だけじゃない。例の経理も出てきたぞ」
「ふむ。彼女とよろしくヤリ始めた。おっ、これは賄賂を貰ってた役人だ。これとも
始めたよ」
「ライバル会社の社員らも参加してきた。いよいよ乱交パーティだな。単なる趣味の
世界ですか」
「音声を出せ。ボリュームを上げろ」
すると・・・
「ウフン・・・アハン・・・でも、あのこと言うわよ。・・・オオッ、俺こそ、あの
事バラすぞ。・・ああぁっ、わたしだって、垂れ込んでも良いんだから・・・アハン
・・・ぼ、ぼくらだって、あの先生の名前、出しちゃうぞ〜〜・・・アヘアヘッ…」
一同、興奮も冷めて、ただ唖然・・・
「何だ、こりゅあ。一体どうなってるんでしょう、警部?」
「ふーむ。確かな事は・・・みんな死ぬほど負けず嫌いだったってことだな」
(完)
2002年10月27日23時05分21秒投稿
S.S☆「ある圧死」☆ あや太郎
妻は夫の冷たさに苛立っていた。
「あなた・・・今夜も出かけるんですか?」
「あ、あぁ。業界の寄り合いでな」
「業界って言ったって、うちみたいなサーカス団がそんなに寄り合いする機会がある
のかしら。それでなくても、皆なるべく違う土地で興行を打つようにしてるのに」
「いや、不景気なご時世だからな、他の団体と知恵を出し合って客を増やそうと思っ
てな。流行の出し物とか、受けそうな企画とか……」
「それこそヘンだわ。ネタばらしをしちゃ共倒れでしょうが。皆それぞれ工夫して、
新しいネタは伏せあうものよ。企業秘密としてね」
「うるさいな。経営者の苦労が分かるものか。お前みたいな箱入り女房に」
「あら。私だって前の団長の娘よ。舞台裏の事情ぐらい知ってるわ。…あなたが看板
スターのレイラと、事のほか仲良しだって事もね」
娘婿として現団長を務める夫の不倫は明白なものであった。一座の名義はまだ妻の
ものでもあり、ここで改悛の情を見せるかどうか、妻は最後の賭けに出たのだが・・
・。
「スター女優を大事にするのは当たり前だろう。時には、深い付き合いで繋ぎとめる
のもサーカス団を守る実業家の苦労さ。そんなこと言う前に、お前も少しは生活を改
めたらどうだね?」
「私の生活を?私が何をしてるって言うのよ!」
「両手にピーナッツやポテトチップスの袋を持って、朝から晩までぽりぽりやって
る。それ以上太ってどうするってんだ?もすこし亭主を引き止められるような女に
なったらどうだね、カカカカカ」
冗談か本音か、とにもかくにも不倫の夫は開き直って、どこかのホテルで待つ看板
女優のもとへと出かけていった。
泪すら出ない眼で、妻はピーナツ袋を睨んだ。そばの檻からピーナツに目の無いゾ
ウのダンボが鼻を伸ばし摺り寄ってきた。
「ダンボ・・・ピーナツを上げるから、言う事を聞くかい?」
妻の目で殺意が光った。
――――
翌朝、サーカス小屋の裏手で、団長の「死体」が発見された。何か凄まじい重さに
身体を潰され「圧死」したらしかった。
鑑識の職員と警察関係者が、団員達と妻を交えて聞き取りを始めた。
「夜遅く、酔っ払って帰って来たところを…何かに押しつぶされて亡くなった模様な
んですが、物音や叫び声は聞こえませんでしたか?」
「いえ、宿舎とテント小屋とは離れてるもんで…」
「上から落ちてくるような物はあるんですかね?」
「まぁ、照明道具とかクレーンみたいな物はありますがねぇ。落ちたような気配はあ
りませんね」
「鑑識の調べでも、血痕などの付いた機材は無いようです」
「ふむ。トラックやトレーラーが動いた形跡もないんだな」
「はい。舗装路がないもんで、表通りまで出ないと車は使えません。通れるのは人間
と芸をする動物ぐらいで」
「ふーむ、ニンゲンと動物だけか。飼育係の方…この一座にはどんな動物が?」
「トラにクマに馬に・・・珍しい芸をするカバもいます。あ、それからもちろんゾウ
も」
かたわらの妻の顔がピクリと引きつった。
その表情を刑事は見逃さなかった。
「ご亭主の身体にノシ掛かったのは、どうも巨大な生き物だった気配が濃厚です。
酔っ払って寝転んだところを、馬が踏みつけたのか…カバがじゃれついたのか、それ
ともゾウが尻餅でもついたのか?」
脂汗を浮かべる妻をニヤリと見やりながら刑事は続けた。
「それも恐らく・・・意識的に踏み潰そうとにしたのではないでしょうか」
「ど、どうしてそんな推理を?」
「奥さんとお会いしてピンと来たんですよ。あなたは、ご亭主と険悪な仲になってい
たそうですね」
「確かに色々とモメてました。だからと言って、どうして私が怪しいと?第一どう
やって?」
「踏み潰したのか、飛び乗ったのか……?」
「でも、私が動物を調教して、そんな事をさせたという証拠がどこに?」
「あなたを見て、ピンと来たって言ったでしょう?動物使いでなくても、充分に圧死
させられますよ・・・あなたが飛び乗れば」
「まっ、何て失礼な!か弱い女性が、そんな事を…」
「か弱くてもか細くは無さそうですよ。失礼ですが、何キロ程おありです?」
「ひゃ、百キロを…少し超えて…」
「それはいつの話ですか?どう見ても二百キロは有りそうですよ。…奥さん、夫殺し
の容疑でご同道願います」
「ヤ、ヤメて。私じゃない〜〜」
呆然と見送る団員達に向かって、妻は懇願するように叫んだ。
「みんな、お願いだから信じて〜〜!・・・本当に私じゃないのよ・・・飛び乗った
のは」
(完)
2002年10月26日23時48分57秒投稿
『TSUTAYAの女』 ヘーパイ
” スターウォーズエピソードII、12月6日DVD緊急発売決定 ”
男は何気なく開いた雑誌のページにそんな広告を見つけた。
7月に公開された映画のヴィデオを5ヶ月後の12月に発売する。それ
は映画業界の掟破りにも近い早すぎるヴィデオ発売なのだ。だが、と男は
過去に同様の事態があったことを思い返していた。
2001年の映画” パール・ハーバー ”もやはり公開後5ヶ月でヴ
ィデオ化されている。
「俺はあの時” パール・ハーバー ”のDVDを予約購入した。そのと
き俺の応対をしたあのTSUTAYAの女…」男は印象に深く忘れがたい
その女のことをなんとなく思い出していた。
―――――――――――――
その日、男が自宅近所のTSUTAYAを訪れたのは近日発売のDVD
” パール・ハーバー ”の購入予約をするためだった。TSUTAYA
には、玄関も店内にもところ狭しと” パール・ハーバー ”のポスター
が貼りまくられていた。そんなTSUTAYAの店内に踏み込んだ男は迷
わずセルヴィデオコーナーのカウンターに歩み寄った。
予約用紙はカウンター脇に用意されている。この用紙に必要事項と商品
名を記入するのが予約のしきたりになっているのだ。まずは発売日だ。
12月5日と記入した。” パール・ハーバー ”なら12月8日に発
売すればいい、との思いが彼の脳裏をよぎった。次には住所だ。そして電
話番号の欄に男は携帯電話の番号を書き込んだ。氏名を書く段になって男
はいたずら心を起こした。山本五十六と記入してしまったのだ。入荷の知
らせが掛かって来るのは携帯電話だ、ならば確実に自分が応対する。どん
な名を名乗っても構いやしない。
男は嬉しくなって調子に乗った。作品名を” ニイタカヤマノボレ ”
と記入したのだ。これは真珠湾攻撃の開始に際して日本軍が使用した暗号
電文である。誰だって知っている有名な電文だが、この注文用紙を見た店
員はなんと言うだろう。
「ご注文はパール・ハーバーですね」なんて、ニヤリとして確認を取るだ
ろうか。
もっと粋な店員なら「これは” 我、パール・ハーバーヲ予約セリ ”
の暗号文ですね」なんて洒落たことを言うかも知れない。
書き終えて男はカウンターの奥を覗き込んだ。
店員と眼が合った。
そこにいたのはモディリアニかユトリロがモデルに選びそうな間延びし
た顔の女性だった。男は落胆した。店員の女性が若すぎたのだ。そのモデ
ィリアニ嬢は十代にさえ見えた。どう頑張っても二十を少し過ぎたところだろう。
いくら何でもこの若さでは” ニイタカヤマ ”の意味を知っていると
は思えない。モディリアニ嬢はおずおずと姿を現すと、男の手の中にある
用紙に目を遣り「お伺いします」と、か細く言って手を出した。この時、
女の顔が不自然に歪んだ。どうやら愛想笑いのつもりらしい。
「笑うな、お前に笑顔は似合わん」
不機嫌になった男は心の中で女を叱った。とんだ八つ当たりだった。
男の心中も知らず用紙を受け取ったモディリアニは記入された内容に疑
問を感じていない様子で、手元の端末の画面を見詰めながらキーボードを
操作していた。
「このご注文品はなんですか」と、モディリアニの口から疑問符付きのセ
リフが出るのを予想して待っていた男の鼻先に、用紙の半券がニュッと突
き出された。
「入荷次第お電話を差し上げます」モディリアニが抑揚無く呟いた。どう
やら予約は受け付けられたらしい。
一体何の予約を受け付けた積もりだい、なんて今更確認する訳にも行か
ず、釈然とせぬまま男はその場を後にした。歩きながら男は考えた。
「間違うなら間違えばよい、どんな間違いが起こるのか見てみたい」と。
男は何かと忙しく、ヴィデオもモディリアニの事も翌日には忘却の彼方
であった。
やがて訪れた12月5日の昼前、在宅の男の携帯電話がけたたましく男
を呼んだ。男が電話を耳に当てると相手は地味な声でTSUTAYAを名
乗ってからぼそぼそと言った。
「ヤマモト…イソロク様でしょうか」声の主はモディリアニだった。
「私です」男がそう答えた刹那、電話の向こうでスーと大きく息を吸い込
む気配がした。一瞬の後モディリアニがひと際大きく声を張り上げて連呼
し始めた。その声を聞いた瞬間、男は感動の電撃に全身を貫かれた。
彼女は” ニイタカヤマ ”の意味する暗号を完全に理解していたの
だ。さらに返答として” 注文ノ品入荷セリ ”を暗号化して電話を寄越
したのである。
彼の感動に震える手の中で小さな電話機はモディリアニの放つ単調な
声音を律儀に伝達し続けていた。
” トラトラトラトラトラトラトラトラトラトラ… ”と。
―しまい―
2002年10月26日17時43分39秒投稿
S.S☆「ふるさと」☆ あや太郎
二人連れの男が温泉場へとやって来た。
「ここだ、ここだ、露天風呂で有名な所は」
「なるほど、立派な岩風呂だけど、あんまり入ってないねぇ」
「やっぱり洞窟温泉ほうが人気があるんだよ。でもここは穴場でね、この季節はほと
んど客が来ないらしい」
「ほんとだ。先客も居なさそうだな」
「今日は伸び伸びと浸かれるぜ。さぁ、入ろう」
「それにしても、どうして我々はこういう広々した露天風呂じゃなくって狭っ苦しい
洞穴風呂のほうが好きなんだろうな」
「不思議だね。まぁ露天風呂だと、空か゛見えるから落ち着かない事は確かだね」
「確かに屋根が無いのは眩しいな。我々はサングラス無しでは外を出歩くのも大変だ
からな」
「それに何より、ほら穴や洞窟は我々の本能をくすぐるモノがある。なんて言うか自
然が呼んでるような、故郷が手招きしてるような」
手招きの格好をした男の手が無意識に温泉の底の砂を掘っていた。
「おいおい、妙な事はヤメとけよ。野蛮な奴って言われるぜ」
「どうも原始以来の血が騒ぐんだよ。そもそも俺達の先祖はどこから来たんだろうな
?」
「考古学の研究によると、我々の前にこの地球を支配してたのはニンゲンという種族
だったらしい。ところがある時期、太陽活動の異変で有害な紫外線や宇宙線が地球に
降り注ぎ、ニンゲンを始め、ほとんどの地上に住む生き物を滅ぼしてしまったそう
だ。そのあと、この地上の王となり繁栄したのが我々の種族だと言われてるな」
「それを聞くたび不思議に思うんだけど、じゃあ何故その大災害の時に我々の種族は
生き残ったんだろう」
「さぁ、それが古代史最大の謎さ。恐らくは洞穴か日当たりの少ない密林にでも潜ん
でいたのかもな」
「やっぱり、洞窟は我々の故郷なんだよ。だからこうやって寛げるし、また何だか身
体がムズムズして来るんだ」
「やっぱりそうなのかな。でも今時洞穴に住んだりしてると時代遅れの奴だって馬鹿
にされるからなぁ」
「いや、本能に逆らってちゃストレスばかりたまるよ。ここなら誰も見てないし、思
いっきりやりたい事をやろうぜ。ウオ〜〜!」
「よーし、俺も思い切り手足と爪を伸ばすか…」
言うが早いか、男達はその丈夫そうな爪を土壁に立てると、猛烈な勢いで洞窟の奥
へ奥へと堀り始めた。
「ワオ〜〜!……」
歓喜の雄叫びを上げながら、本能に引き寄せられるように、ふたつのモグラの姿は
地中深くへと吸い込まれて行った。
(完)
2002年10月26日00時02分50秒投稿
S.S☆「我らの若大将」☆ あや太郎
若大将と呼ばれるカッコいいヨットマンが居た。
しかしそのカッコ良さ故か妬み故か、とかく有らぬ噂が付きまとう。
「♪海は〜〜果してなく〜〜我を〜〜誘うよ〜〜・・・」
「いよっ、カッコ良いなぁ、兄貴!男が男に惚れるってのはこの事だ」
「熱い」やり取りに、たまたま乗り合わせた客が囁きあった。
「惚れたってのは…掘られたって意味かな?」
「シーッ!聞こえたら拙いよ。その手の趣味があるって専らの噂だから」
しかしそんな目で見られていても、取り巻きは衒いも無く褒めちぎる。
「俺達ゃ太平洋の果てまで兄貴について行くぜ」
「おい、あんまりおだてるなよ。照れるじゃねぇか」
「照れても駄目だよ。日焼けした逞しい顔じゃ分からないや。あぁ、その赤銅色の胸
にキスしたい!」
「おいおい、ヘンなこと言うなよ。それでなくたって妙な噂を立てられてるんだか
ら。みんな本気にしちまうじゃないか。悪い冗談はもう言いっこなしだぜ」
その時、風の向きが変わった。船体が大きく傾ぐ。
「おっ、こいつは時化かな。じゃあそろそろ港へ帰るとするか。みんな、帆を張れ。
左へ方向転換だ」
雨粒と汗にまみれながら兄貴の力強い指示が飛んだ。
「ヨーソロ〜〜……。ホモかじ、いっぱーい〜〜!」
(完)
2002年10月24日23時19分55秒投稿
S.S☆「覆面夫婦」☆ あや太郎
「奥様・・・ご主人を採点するとすれば,何点ですか?」
「ハイ。もちろん百点満点ですわ」
「こちらの奥様は、如何ですか?」
「はい、満点と言えばウソになるから、九十九点を付けましょうかねぇ」
「今度はご主人のほうに伺って見ましょう。最初の奥様のご主人は・・・?」
「ノロケてるようだけど、やはり百点かな。ふふふふ」
「次のご主人は…?」
「うちも礼儀として九十九点を上げなくちゃね。あとで怒られますよ、ハハハハハ」
「ホホホホホ」
「山の手町山の手通りの豪邸からお送りしました。皆さん、仲むつまじいご夫婦ばか
りです。では『幸せ家族』の時間を終わります」
プツン…とテレビのスイッチを切って、亭主が言った。
「ふん、面白くもない」
「ほんとに白々しいったらありゃしないわ」
女房も無表情に応えた。
「ああいうのを『仮面の夫婦』って言うんだな。なまじ家柄や地位のある家庭はうっ
かり揉め事も口に出来ない。うちみたいな貧乏所帯は気楽で良いなぁ」
ニコリともせず亭主が言った。
「まぁ、気楽と言えば言えるけど、うちの暮らしも時々息苦しい時があるわよ」
「何でだよ?お互い好きなこと言い合って、世間体も構わずに暮らしてるじゃない
か。それでも大した喧嘩もした事がない。こんな気楽な夫婦生活、ちょっと無いだろ
う」
「でも、やっぱり息が詰まるのよねぇ・・・覆面夫婦って」
顔の覆面を緩めながら妻がボヤいた。
「おっと・・・息苦しくたって外しちゃ駄目だぜ。一緒になる時の約束なんだから
な。お互い、顔さえ見なかったら気の合う相性なんだからって、二人きりのときは覆
面で通すことにしたんだから。そのお蔭で、『何だ、その顔は?』なんて、つまらん
喧嘩も起こらない。これが我が家の夫婦円満の秘訣なんだからな」
「そうね。私も今更覆面を取るのは怖いわ。若い頃でも余り見栄えのしなかった二人
だもり。三十年も経ってから、素顔を見るだなんて、もう怖くって怖くって・・・」
(完)
2002年10月23日23時39分36秒投稿
S.S☆「究極の時間差攻撃」☆ あや太郎
二十一世紀初頭、世界各地に忽然と現れた未確認物体は悄然と各国の主要都市を攻
撃し、たちまち降伏させた。
「ついにエイリアン来襲か・・・」
恐怖におののく人類に向かい、侵略者は意外な声明を発表した。
「我々は…遥か未来からやって来た地球人・・・つまり諸君の子孫である。実は、
我々の時代に恐るべきテロリストが現れ、我が地球文明を壊滅させようとしている。
それは大半の善良な人類の力を持ってしても倒せない恐ろしい悪のパワーである。あ
らゆる検討を重ねた結果、その基礎となるカルト教団を早い段階に壊滅させるより方
策が無いと結論付けた。そこで各種メディア、通信網、捜査網が充分に発達したこの
時代の人類に協力を願おうと一旦地球を制圧したという次第だ。事は急を要する。こ
れより発表する組織関係者を一刻も早く探し出し、当方に引き渡してもらいたい。事
は人類の存続に関わっている!」
高圧的なやり方が胡散臭くもあるが、言っている事が真実なら、確かに事は手段を
撰ぶ間もないほど切迫しているのだろう。何より降伏状態の立場としては従わざるを
得ない。
かくして当世においてはまだ取るに足らぬ、目立たぬ存在のカルト教団が召し取ら
れた。
「ご協力、感謝する。これで人類の未来は当面安泰となろう…」
とは言うが、歴史を変えてしまった訳だから何がどう成るのか知れたものではな
い。
運を天に任す気持ちで人類が溜息混じりに未来人たちを見送ろうとしていた時・・・
ピカリ!と閃光が走り、天の一部が裂けて、何と未来人たちが金縛り状態に陥った。
「おぉ、危ない所であった。この嘘つき権力者どもめ。
…当節の地球人諸君。ようく聞かれよ。この侵略者どもは未来の地球を蹂躙する軍事
政権なり。散々、平和を愛する人民を搾取し、虐待し、暴力の限りを尽くした者ども
である。そこで立ち上がった我々平和主義者との戦いで不利になるや,一転歴史を変
えんと暴挙に走った。こんな卑劣なやり方は見た事が無い。この時代の諸兄にもそれ
はご理解いただけるであろう?」
前の連中よりは筋が通っているような気もする。しかしこの大仰な物言いには、何
か同様の胡散臭さが付きまとった。
「それでは、歴史を変えぬためにも、我々はこの侵略者を隔離するとともに、我が平
和主義団体の始祖たちを預かり保護する事とする。それでは皆の衆、さらばじゃ…」
処刑するなり保護するなり、勝手にしてくれ…という気分だったが、ちよっと気に
なるのは保護した始祖たちを連れて行きそうな気配である。これではやはり歴史を変
えることになるのでは…?
思ったその時、また天地を揺るがす大音声が・・・
「広域指名手配『Ω−1』、逮捕する。抵抗は無意味だ。お前達は我々のエネルギー
場捕捉されている。規定どおり五十世紀へと連行する」
「し、しまった…。いや、聞いてくれ、この時代の人々よ。我々こそが正しい人間世
界を作れる選ばれた精鋭なのだ。少なくとも我々は人間である。それに対してこの時
間警察はコンピュータとロボットの集団なのだ。効率と合理性だけで地球文明を維持
しようとしている無味乾燥なものどもた。機械の味方をするか人間の味方をすべきか
賢明な諸君には自明の理であろう」
なるほど、これは少々話が違う。人情としては機械が支配する世界は容認し難い。そ
う考えてくると、この多少尊大な物言いも人間くさく思えてくるから不思議だ。
「ここは一番、現代と未来の代表を募って話し合いをしてみては?」
提案してみたが、「警察」の反応は冷たかった。
「ぐずぐすしている時間は無い。事は未来の一件だ。この時代の人間には関係ない」
機械らしく杓子定規だ。
「ほうら、ご覧あれ。このように人間の情というものが無い。そんな冷たい社会が出
来てしまう前に世直ししようと我々は行動しているのである。どうか我々に助成して
もらいたい」
「しかし、助けろと言われてもねぇ・・・」
相手は未来の強力な科学技術ではないか。対抗する方策などあるはずもない。そし
て、その時・・・
天空に様々な色の光が散乱し、空間が歪み、教団を捕らえに来た時間パトロール船
と教団関係者たちがバラバラと地上に降り落ちてきた。更に強敵が現れたようであ
る。
「危ない所だった。どちらに言いくるめられても人類の未来は真っ暗になるところで
した。我々は四十五世紀から来た、サイボーグ特捜隊であります」
物言いは丁寧だが、今度はサイボーグと来た。果たして「人間の未来」を支えるべ
き者はどんな種族なのであろうか?
「人間とロボットが権力争いを繰り返していた35世紀、部分的に機械化され最も長
い命を保っていた我々サイボーグが、その仲裁に立ち上がり、中道路線の社会体制を
構築した。それを単なる覇権への執着心から文明を混乱させ崩壊させようとする排他
的カルトやロボット集団をのさばらせては人類の名折れだ。両方とも、その野望を達
成する前の過去において壊滅してもらおう」
なるほど…体質的にも中庸的な中道路線か。でも、それだけで上手く行くのか知ら
ん?
「待った…待った〜〜!」
またまた大仰な台詞を吐きながら、何番目かの未来人が、二十世紀の大舞台に立ち
現れた。何やらエキゾチックな、エイリアンチックな・・・つまり宇宙人の趣がある。
「中庸、中道とはウソっぱちも良い所だ。我々地球外生命とのハーフを締め出した超
右翼的な勢力のくせして。こんな偏狭な奴らに人類の未来を語る資格は無い!」
話は聞いてみるもんだ。人間と機械の混血種は、地球人と異星人とのハーフが嫌い
らしい。かと言って、人間くさい人間もロボットも認める気は無いという。
「いいや。我々サイボーグが一番公平だ」
「いや、公平さならロボットだ」
「やっぱり地球は人間のものだ。南無サンダンバラ、マントラトラウマ〜〜」
誰も退く気は無いし、当代の人類にも裁きの付けようが無い。
「もう勝手に決めてさっさと未来へ帰って欲しいもんだ。もうやかましくて、この時
代の暮らしもオチオチ出来ないんですがね」
「そんな事を言うな。事は人類の未来、人間の存亡に関わること。…それに、色んな
時代の者達がお互いを拘束しようとしたため、エネルギー場が絡まってしまって…」
何と、全員「がんじがらめ状態」だと言う。
「いつまでも、天空から地の底から、やかましい口論が聞こえてるだなんて、考えた
だけでゾッとする。どうしたら解決できるんです?」
「恐らく、・・・エネルギーを電離層あたりに流してくれれば、がんじがらめは解け
ると思うのだが、しかし・・・」
「分かりましたよ。じゃあ、世界中で節電して蓄電して、夜間電力と一緒に一挙に流
しましょう。それでは放電用意・・・」
「あ〜〜、待ちたまえ。徐々にやらないと我々が・・」
「文句を言いなさんな。こっちは手っ取り早く、スイッチオン!」
「あ〜〜れ〜〜・・・」
パチン!と音がして、空が一瞬明滅した後、暗転した。
――そしてすべては終わっていた。
その後には何も無かったような青空だけが残った。
「大変だ……どうやら自動的にリセットしてしまったみたいたぞ」
向こうからの指示書をゆっくり読み直して、初めて事の重大さを知った。
「しかも、ここにやって来た連中だけじゃない。時間ネットワークで繋がっていた未
来の各時代・・・少なくとも地球の未来は、完全に消去されてしまったらしい」
「何と!未来を消しちまったという訳か!」
しばし、我々は呆然とした。しかし、冷静に考えると、これは案外幸運な偶然かも
しれなかった。
「つまり我々は・・・一から未来を作れる事になりはしないか?」
数々のまがまがしいサンプルを目の当たりしにして、少なくとも一つの事は分かっ
た、
「あんな風にならないようにだけはしたいものだ」
未来人たちは、愚を繰り返さぬように、と教えてくれたのかも知れなかった。
(完)
2002年10月22日22時29分09秒投稿
S.S☆「天界の盗聴者たち」☆ あや太郎
「おかしい。どうも俺の考えてる事を人に読まれてるような気がする。いや、人と言
うより、人以上の者…違う世界の者だ。ははーん、さては天に住む連中・・・神様の
仲間だな。
考えりゃそうだ。神のような存在なら人間の腹の中を読み取るなんて簡単な事だ。ク
ソ〜〜、馬鹿にしやがって。俺の失敗や、人に言えない恥までお見通しなんだな?
ムカつく話だぜ。言わば『盗聴』じゃないか。人の悩んでる所を盗み聞きして笑って
やがるんだろうな。えーい、癪に障る!こうなったら復讐だ。もう悩んだり後悔した
り反省したり恥じ入ったり・・・そんな可愛げのある所は見せてやらないぞ。代わり
に盗聴者どもの悪口や悪態ばかり吐いてやる。高見の見物をしてる連中を罵り倒しし
てやる。今に見ていろ・・・」
さぁ、それからと言うもの、当の男は日ごと夜ごと、天に唾を吐きかけ続けた。そ
して天界では・・・
「困った事になったものだ。また長期の休暇申請が出たよ。これじゃ天界の作業員が
大幅に不足してしまう」
「一体何故そんなに休暇願いが集中してしまったんですか?」
「それもこれもあの男だ。何の加減か、我々天界の者が地上の人間どもをモニターし
ている事に気づいてしまったのだよ。モニターするのは、もちろん人類の幸せのため
に行っておるのだが、あの男があんまり盗聴呼ばわりするもんだから生真面目な監視
役たちは段々後ろめたい気分になって来て、ついには自己嫌悪から来るノイローゼに
罹ってしまうらしい。何せ根が真面目な天界の人間たちだからな、無理も無い話なん
だが」
「それなら、問題の男のモニターを中止したらどうなんですか?他の、も少し穏当な
人間に切り替えるとか?」
「それだなぁ・・・モニターは一度決定したら死ぬまで変えられん決まりなのだ。そ
れに対象も十人と決められてある。やはり人類のプライバシー侵害を極力抑えるよう
にな。だから、愚痴の多い、頑なな、しかも核心をついているモニターを選んでしま
うと、もう大変なのだ」
「まぁ確かに、人間の腹の中を覗き、知られたくない恥ずかしい本音を聞き出して参
考にするというやり方は問題がありますね。我々もモニターの仕方を考え直さないと
イケないかも知れませんね」
「ふむ。そうかも知れん。なにせモニター監視役のほうが、こんなに恥じ入ったり、
落ち込んだりしてしまってはなぁ。いやはや、困った困った…。いや、待てよ・・・
?」
ひょっとすると、そんな神々をモニターしている遥か雲の上の存在が、また
居るのかも知れない。
心なしか神経質な顔つきになった神々は、眩く輝く黄金色の空を何気なく見上げ
た。
(完)
2002年10月21日23時01分07秒投稿
S.S☆「教え魔」☆ あや太郎
「本日の『この人に聞く』・・・ゲストは○○大学で社会問題の研究と後輩の指導一
筋の生活を送っていらっしゃいます田原坂コロブ先生です。どうぞ宜しくお願い致し
ます」
「皆さん・・・新しい夫婦の在り方について真剣に考えて行きましょう。さぁ、学生
諸君はノートを取って…」
「あ、先生・・・今は授業中ではありませんので」
「ホホホホホ。失礼しました。近頃はダラケた生徒が多くって、気合かける癖が付い
ちゃったんですの。さぁ、視聴者の皆さんも背筋を伸ばして…!」
「まぁまぁ、そうシャチホコ張らずに。実は先生に相談の手紙が寄せられておりま
す。アシスタントに読ませましょう…」
「ハイ。…私は、とある男性にプロポーズされ、話は結婚直前まで進みました。地味
で目立たない私は、社交的で人気者だった彼に求婚され、もう舞い上がっていまし
た。ところが私の親代わりと言っても良い信頼できる方に、その話をしたところ、大
事なのは相性だから、何も異論は無い。但し一つだけ注意して調べておいたほうが良
い、と助言されました。それは噂にも聞いた事のある彼のギャンブル癖でした。舞い
上がっていた私はそんな身上調査のような事はしたくないとも思ったのですが、念の
ため共通の知り合いや会社関係の人たちに聞いてみると、やはり彼のギャンブル好き
は直っておらず、それどころか私のコツコツ貯めた貯金をアテにしている事すら聞こ
えてきたのです。驚いた私はすぐさま彼との縁談を断ったんですが、そのあとに見せ
た彼の冷たい態度から、とても信頼できる人で無い事が分かりました。今は、あの助
言を聞いておいて良かったと感謝しています」
「あらまあ…危ない所だったわねぇ。いつの時代にもよくある男と女の騙し合いなん
ですけど、ほら、日本の習慣ではやっぱり女のほうが素直に従順に、男の言う事を聞
いて、結婚したからには何があっても黙って付いてゆく…なんて馬鹿げた伝統が残っ
てるでしょう?だから親はもっと娘に現実的な結婚観を教育しなしちゃ駄目よ」
「現実的な結婚観とおっしゃいますと?」
「イヤなら、すぐにでも帰って来る……これよ。江戸時代なんか、もっと女性の結婚
は自由なもので、イヤならすぐに実家に戻って、またいつでもやり直せるってのが常
識だったのよ。最近になって、やっと堂々とバツイチを名乗れるようになって来たけ
ど、これは何も新しい現象じゃないんだわ。本来の姿に戻ったって訳ね。みんな、娘
にちゃんと教育
してる?泣き寝入りさせてちゃ駄目よ。親も友人も先輩も上司も、もっとしっかりし
なくっちゃ。司会の方・・・あなたも、そんな年頃の娘さんが居るぐらいの年配だけ
ど、ちゃんと教育してるぅ?」
「実は・・・助言したのは私なんですがね」
「ほ、ほ、ほ、ほんと?あーら、良い教育なさったわねぇ・・・あなたのご両親も」
(完)
2002年10月20日22時32分41秒投稿
『石鹸のかほり』 ヘーパイ
スターは一夜にして作られる。そんな言葉があるのかどうかは知らない
が、まさにそんな表現がぴたりと当てはまってしまう男が出現した。
最初の出演映画はほんのチョイ役だった。ところがスクリーンの片隅に
その男の輝くような存在感を見て取った日本中の女性達は、瞬く間に彼の
とりこになってしまったのだ。
チョイ役でしかない彼の一瞬の出演場面を観るために女性達は劇場の前
に長蛇の列をなした。
この新人俳優の加熱する人気に限りない可能性を見出した映画会社は、
次は彼を主演に据えて青春映画を製作しようと計画した。
大型新人俳優現る。新作映画の製作発表会が都内の一流ホテルで催され
る運びとなった。その発表会にはこの手の取材に通常集まる映画、芸能関
係の記者を凌ぐ数の女性週刊誌の記者が詰め掛けた。金屏風の前にしつら
えられたひな壇には監督と出演者がずらりと並んだ。
無論中央の席を占領しているのは時代の寵児であるその新人スターであ
った。
「監督、映画の背景は…、設定は…、出演者の人選は…」
と、ベテラン記者の繰り出す退屈な質問に僅かな隙間を見出した女性週
刊誌の記者が、新人スターにすかさず質問を飛ばした。
「恋人はいるんですか、付き合ってる女性は…?」
照れ笑いを浮かべる新人スターの口元から八重歯がこぼれた。
「いません」
短く答えた新人スターに別の女性記者から質問が飛んだ。
「仕事を終えるといつも一人で現場から消えてしまうってお聞きしました
けど誰か待ってるひとがいるんじゃないですか」
へぇー、よく調べてあるんだな、と女性誌の取材力に感心しながらも、
やはり男の答えは短かった。
「いません」
次に手を上げたのも女性記者だった。
「どんなタイプの女性がお好みですか」
大いに照れた新人スターは短く刈り込んだ髪の毛を手でかき上げながら
短く答えを口にした。
「石鹸の香りのする女性が好きです」
この答えによって翌日から日本全国の女性達が、タンスやクローゼット
の中に剥き出しの化粧石鹸を忍ばせるようになろうとは、想像だにできな
い新人スターであった。
この後はかなり座が乱れ皆が勝手に発言を始めたので会見は適当なとこ
ろで幕が引かれた。会場からひそかに逃れ出た新人スターはタクシーを捕
まえると夕闇迫る夜の街中へと消えた。
男が乗ったタクシーが停まったのは風俗店のひしめき合う歓楽街の一角
であった。タクシーを降りた男は迷いのない足取りで一軒の店に歩み寄っ
た。男に気付いた蝶ネクタイの黒服が慇懃に挨拶をする。
「いらっしゃいませ。毎度ありがとうございます。今日はいい子が新しく
入ってますよ」
黒服にいざなわれ新人スターは入り口のドアをくぐった。ゴキゲンな様
子で彼が入っていったその店は《気まぐれ天使》と看板の掲げられたソー
プランドであった。
確かに会見での彼の答えにウソはなかった。
その新人スターは、全身に” 石鹸の香り ”を漂わせる女性が、大好
きだったのである。
―しまい―
2002年10月19日19時23分21秒投稿
S.S☆「裏口入学」☆ あや太郎
「あのぅ…本日はつかぬ事をお伺いに参りまして」
「はて、改まって何でしょうか?」
「ご主人は××大学にコネがお有りだと聞いたんですが…」
「えっ、××大学?いや、コネと言われてもねぇ…」
心当たりは大有りだった。親友が教授をしており、それもかなりの有力者だった。
口ごもっている間に、相手のほうが口を切った。
「詳しくは存じあげませんが、誰かお知り合いが居られるとお聞きして、藁にもすが
る思いでお願いに参りました」
「お願いと言われますと?」
「ハイ、他でもありません−−ウチの息子を是非とも裏口入学させて欲しいんです」
「裏口入学?いやぁ、いきなりそんな事を言われてもねぇ」
実は自分の息子も親友のコネで裏から入れてもらった。しかしもうその「裏の席」
も埋まっていると聞く。下手をすると息子がハミ出しかねない。
「いやいや、とんでもない。そんなコネなんか有りはしません。昔…大昔、職員をし
ていた友人が居たというだけで…。そんな裏口入学のコネなんてとんでもない」
「出来の悪い息子で三浪してるんですよ。それでも跡継ぎなもんで、どうしても大学
だけは出しておきたくてねぇ。何とかなりませんか?」
「い、いや、仮に裏から入れるとしてもですよ−−−まさか、そんなコネなんか有る
訳ないですよ、ナハハハ…」
「そうですか…。それじゃ誰か話を聞いてくれそうな関係者をご存じないでしょうか
?…知り合いの又その知り合いでも良いんです」
「いやぁ、残念ながら××大学とはまるで縁が無くてねぇ。いや、もし誰か見つかっ
たら是非お知らせしますよ。いやぁ親の苦労はどこも一緒ですなぁ、ナハハハ…」
しかしまた一週間ほどすると同じ人物が現れた。
「たびたび申し訳ありませんが……本当にお宅様は××大学にお知り合いはいらっ
しゃいませんか?」
「しつこいですね−−居ないと言ったら居ませんよ」
「本当に…本当にいらっしゃらないんですね?」
「疑ってるんですか。本当に一人たりとも居ませんよ。あの大学とは全く何の関係も
ありませんから」
「そうですか…。いや、それは良かった。それなら安心です。いや、実はね−−あの
大学の事を色々当たってるうちに、これまでずいぶん不正な入学をしている事が分
かったんですよ。私も一旦は息子を裏から入れようなんて不届きな事を考えたもので
すが、思いなおして、この腐敗した体質を告発する事に決めたんです。これまで被害
に遭った人達と共に大学を吊るし上げようと思っています。いやぁ、何しろ被害者の
数が多いもので、これは大騒ぎになるでしょうな。あの大学も閉鎖か廃校になると思
うんですが、まぁあんな悪どい事をしてちゃしょうがないですな。それにしても良
かったですよ、裏口入学なんかしなくって。いやぁ、全く危ないところでした、ハハ
ハハハ…」
(完)
2002年10月18日22時49分18秒投稿
S.S☆「紛失長者」☆ あや太郎
「あれ?…また万年筆が無い」
八田は愛用のペンを無くしたのに気づき、タメ息をついた。
−−やたらに紛失するのだ。子供の頃からである。消しゴム鉛筆は言うに及ばず、筆
箱、カバン、靴、体操服、そして自転車の紛失も一度や二度ではなかった。
大人になった今も身の回り品を頻繁に無くす癖は変わっていない。彼自身は「癖」
と言うより、運命・宿命のせいにしているのだが、周囲は冷やかに彼の粗忽ぶりを
笑っている。
「ずいぶん紛失して来たんじゃないのかい?…女のほうも」
そう言っては三十過ぎてもまだ彼女のいない彼の事をからかう。いや、実際、彼女
を作るチャンスを知らぬ間に紛失していたのかも知れない。
そんな八田が、故郷に小包を出した。自分もイイ年だが、親はもっとイイ年なの
だ。そろそろ親孝行の真似事もしなくてはと、ようやく気づいて電気毛布一式を送っ
た。
親の喜ぶ顔を想像しながら返事を待っていたが、一向に知らせがない。念のために
電話を入れてみると、届いていないという。これまた念のために運送会社に問い合わ
せてみると、しばらくしてから返事が来た。何と「紛失」したというのだ。
「つくづく紛失に縁があるな。これはやはり運命に違いない」
そうは言っても泣き寝入りは腹立たしい。なけなしのカネをはたいて親孝行の為に
送ったのに…と心情を大げさに綴って本社に送りつけたら、弁償金として思ったより
大きな金額が送られて来た。その時は、ちょっと儲けたかな…ぐらいの気持ちで終
わった。
八田がそれを「企み」始めたのは、会社の用事で小包を出した時だった。それまで
「うっかり屋」の彼に任されなかった仕事が、人手が足りず彼の所に回ってきた。念
のため保険を掛けて百万円相当の商品を二三回送ったところ、これが見事に全部「紛
失」してしまった。前回同様、すべて弁償の上に保険金が入り、金銭的にはむしろ
「おつり」が来るというオマケ付きだ。
「彼に遅らせるとロクな事がない」
同僚たちは笑って、もう彼に配送の仕事を回さないように決めたのだったが、彼は
一味違う「閃き」に酔いしれていた。
「もし本当に〔紛失癖〕があるのなら…」
彼はどこかで古めかしい壺と怪しげな鑑定書を手に入れて来ると、それを小荷物に
し、何と「一億円」の破損紛失保険を掛けた。
「家宝の壺なんです。万が一紛失すると取り返しがつかないもので」
「そうですか。保険金は掛け捨てで……万円になりますが?」
「か、かまいません」
一カ月分の給料が飛ぶような額だったが、八田は一生一度の運試しと博打に出た。
果して、「家宝の壺」は紛失した。運送会社も懸命に捜索し、保険会社も必死で捜
し回ったが、案の定「壺」は出てこなかった。
「大事な物を紛失して申し訳ありませんでした。これはせめてものお詫びで、今回の
事はご内密に…」
業界大手の運送会社は数百万円の見舞金を携えて「口止め」に来た。保険金だけで
ホクホクの彼は無論鷹揚に受け取り承諾した。
「俺の紛失癖はいよいよ本物だ」
八田は当然のようにこれがボロい商売になると踏んだ。
またどこからか派手な色合いの皿を買って来て、運送会社に託した。紛失した。保
険金を受け取った。また曰くありげな絵画を持ち込み、小荷物として出した。紛失し
た。弁償させた。八田は図に乗って「紛失事業」に精出し続けた。
「紛失」するのは彼のせいではないから無論、犯罪にはならないし、今のところ運
送会社も保険会社も変えてあるので、すんなりと弁償してもらえる。しかし業界内で
は当然こんな「連続紛失」と「巨額保険」が話題にならぬはずがない。当初、失態隠
しに汲々としていた各社もさすがに共闘体制を組みはじめた。
「先ず本当の貴重品かどうか確認しよう」
一流鑑定士たちが雇われ、巨額保険の依頼が来るのを今や遅しと待ち構えていた。
また懲りずに八田がやって来た。
「家宝の茶碗なんですが、利休由来の品で、念のために保険を一億円ほど…」
「ちょっとお待ち下さい。ちょっと準備をしてまいります−−」
怪訝そうな面持ちの客にも構わず、その壺を隣室に持って行くと鑑定士に見せた。
鑑定士がその茶碗を覗き込んだ。
「むむむむむ…!」
意外にも鑑定士は目を剥き、脂汗を流し始めた。
「ほ、本物だ!」
「何と…?」
一同は低姿勢で八田の前に戻ると早速契約書を差し出した。
「お疑いして申し訳ありませんでした。正真正銘、利休の茶碗です。これなら一億円
でも二億円でも保険をお受け致しますよ」
「なに、本物?」
八田は物も言わずその壺を取り上げると、何と外へ逃げだした。
「あ、お客さん−−−どこへいらっしゃるんですか?」
「そんな値打ち物…送れるもんか」
(完)
2002年10月17日22時57分37秒投稿
S.S☆「恐怖のプライバシー」☆ あや太郎
「よぉよぉよぉ…何だ、このラーメンは?ハエが入ってるじゃねぇか。客にこんな物
を出しやがって−−町中にふれまわってやろうか!この落とし前、どう付けるつもり
なんだ…よぉよぉよぉ?」
チンピラが下町のレストランで、よく有るイチャモンを付けていた。この町に住み
着いてまだ三日−−これがチンピラの初仕事である。しかし幸先はあまり良さそうで
なかった。
「キミ、キミ−−ちょっと交番まで来てもらおうか?」
たまたま通りかかった巡査に見つかり、あえなく引き立てられた。
「俺が入れたんじゃないよ。本当に最初からハエが入ってたんだよ」
白々しい申し開きに巡査が苦笑していると電話が鳴った。
「ハイ−−えっ、被害者から届けがあって?−−何と…そういう事情があったんです
か−−分かりました。ただちに−−」
他人事のように聞いていたチンピラに巡査が重々しく話しかけた。
「レストランの店主から事情を聞いたところ−−キミには本署のほうへ行って調べて
もらう事になった」
「えっ、本署へ?ちょ、ちょっと待ってよ。そんな大げさな。たかがハエを入れたぐ
らいで…。あっ言っちゃった。白状しますよ。用意したハエを入れたんですよ。いつ
もの手口で−−よくある悪戯っスよ、ナハハハハ」
「とにかく詳しい事は本署で聴こう」
迎えに来たパトカーで本署へ運ばれたチンピラの前には厳めしい顔の刑事がずらり
−−「キミは、町中に言いふらす…と脅かしたそうだね」
「えっ、そんなこと言ったかな?…いや、セリフまでは覚えてませんよ。要するに因
縁を付けて小遣いを貰えりゃイイんだから」
「トボケているようだが、君はあの店の店主が外国籍で、それを隠さねばならないと
いう事情を知った上で、あんな脅迫をしたんじゃないのか?」
「えっ、外国籍?…知らないっスよ、そんな事。何で隠すのかも知らないしさ」
「本当かね?じゃあ元もと諜報機関のエージェントで、亡命して来た事も知らないと
言うのか?」
「し、しらないよ。まるでそんな事…。あそこの店主の事なんか知らないで入ったん
だから…」
「じゃあ。店主の奥さんが大量殺人を犯したテロリストの娘だと知って、それを言い
ふらそうとしたんだな。たとえそれが事実でもみだりに口外すると罪になる事は分
かっているんだろうな」
「テロリスト!そんな事いよいよ知らないよ。いいかい、俺は…」
「さてはあの夫婦の娘が悪名高いカルト集団の信者だと知って、それを言いふらす気
だったんだな?それでなければ、あそこの息子たちが医療事故で恐怖の感染症に罹っ
ている事をバラすと脅迫する気だったのか。そうだろう?正直に言え!」
「勘弁してください…。俺は何も知らないんだ。もう何が何だか分からない…。お願
いです…命だけは助けてください…」
「本当に知らないのか?しかし例え知らなくても罪は罪だ。執行猶予付きで三年と
いったところか」
「そんな、ひどい…」
「もし知っていたら、実刑判決は免れんぞ」
「執行猶予で結構ですぅ」
「妙な奴だ。まぁ今回は知らなかったという事で釈放してやるが、今の話で全部事情
を知ってしまった訳だから、今度こんな事をやったら、間違いなく終身刑だぞ」
「もうしません…。勘弁してください…」
かくしてチンピラはめでたく足を洗った。
(完)
2002年10月16日22時53分41秒投稿
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