ドンドコ投稿掲示板

<dndkdn@yahoo.co.jp>宛のメールで、投稿して下さい。管理人の手で掲載します。
メールタイトルは、「ドンドコ投稿」として下さい。タイトルで仕分けしてますので、掲載漏れする場合があります。
半角カナ文字はご使用にならないでください。(原則的に、htmlメールは、ご遠慮下さい)
本文中に、ペンネーム(本名可)を入れてください。「匿名」や「捨てペンネーム」は掲載をお断りします。
捨てペンネームの判断は、管理者の独断でします。
出来るだけ、迅速に掲載するつもりですが、タイムラグはご容赦ください。
投稿文は、整形する場合があります。また、投稿文は、当サイト内で利用させていただく場合があります。



青芝ファックで〜す。


少し懐かしい所をご披露したいと思います。

ファック君の実家は、大阪市平野区なんですが、案外身近な芸人さんの存在を知らない事が多々あります。
もう10年前ほどになるでしょうか?前の桂文我師匠がお亡くなりになられた時のことなんです。

ファック君は自宅の階段廊下を三階から一階に下りていますと、一階、階段廊下の踊り場に訃報の掲示板が張られていたんです。
何気なく目をやりますと、ご老人が一人亡くなられたの事、その夜、近くの老人憩いの家が騒がしくなっているんです。
翌日、土曜日は冷たい雨がしとしと降っていまして、ポスト受けの朝刊を一番に開きますと、桂文我師匠の訃報が記事に。
えっ?文我師匠お亡くなりになられたんだと知りビックリ!

ファック君は文我師匠を惜しみ、どこで葬儀が執り行われるのかと紙面に目をやると、

大阪市・・平野区?平野??加美北?加美北??0丁目??16?16・・??3?え〜え〜!!??
何とファック君が住んでいる所ではありませんか??? ぎょ!ギョ?
場所は??老人憩いの家??!!!
ななななな何と隣でわあ〜りませんか??
と言う事は、昨日の階段踊り場に掲示されていたのは・・・・桂文我師匠???

ファック君は老人憩いの家に走ります・・・エッさエッさ!! 
其処で見た光景は、今まで見たことの無いシキビの数々・・・・
桂米朝・・桂春団冶・・桂ざこば・・桂枝雀・・上岡龍太郎・・名だたるシキビの数々・・
ラジオ大阪もありましたかね・・各放送局からも届けられています。

本葬は午後1時から・・・ファック君は雨にも関わらず同じ地域の大正区民として?いや住民として・・大正区民さんボケてすいません。
本葬に参列することにしました。
本葬時刻まで1時間前でしょうか、タクシーが何台も会場前に着きます。
もう会場の前は異様な光景で、平野区の年寄りが一同したかと思うほど、黒山の人だかり。
その中を、人間国宝・桂米朝師匠が式場に降り立ちます。張り詰める空気・・・
枝雀師匠(まだご健在でした) 桂米紫(可愛い米紫!ハイハイ!!)若手噺家も参列します。笑福亭仁智(まだ髪はフサフサでした)他多数〜

定刻の1時〜しめやかに式が執り行われ出棺・・・・
家族と親交が深かった枝雀師匠が棺桶を抱え、霊柩車にご遺体を乗せられていました。

霊柩車が出ますと高い高いホーンを鳴らされると、会場から嗚咽の声が聞こえてきました。

見送る車の後を何と、枝雀師匠が追いかけます・・・涙涙・・
車は先を行き、そこに残されたのは枝雀師匠ただ一人と言った情景でした・・・ファック君も思わず涙しました・・・。

米朝師匠も傘もささず、文我師匠と苦労を供にした思い出を回想されているように最後の別れをされています・・・頬を伝う雫・・・。
・・・・・一人二人と会場を後にされます・・・春団冶師匠も最後まで見送られておられました。

そんな時です『元気でな〜元気でな〜ああああ・・・・』去ってゆく車に大声で叫ぶ枝雀師匠・・・一番悲しい時間でした、この時が・・・。
むせび泣く声が周りから聞こえます。

と思っていたら米朝師匠の隣にいたオババが突然、米朝師匠に『米朝さん・・ファンですサイン頂戴・・・』
唖然とする米朝師匠・・・私は隣からこのオババをおもいっきりしばいてやろうかと思いましたが、場所が場所なので・・・
丁重にお断りする米朝師匠・・・流石人間国宝の風格でありました。

あれから10数年〜文我師匠 枝雀師匠 米紫師匠・・・・お元気にされていますか・・・・・。

フォエバー 上方の噺家の最後をお届け致しました。        お粗末でした。

2008年05月20日17時40分06秒投稿

青芝ファックです!

オマタ。
久し振りに投稿させて頂きます。
管理人の大正区民さん、いつも賀状ありがとうございます。
あなたの律儀な心遣いに感謝しております。
高知からお便りさせていただいています。(朝の3時47分)

面白い事を書かせてもらうのでなく、雑記として読んでいただいたら有難いです。
大阪を離れまして丸六年目に入りました。静岡〜名古屋〜岡山と旅がらす人生です。
仕事の異動なので、大阪には毎週末帰省しています。時々このサイトは覗かせて頂いています。

旅の空、少し前になりますが名古屋東海ラジオの番組だったでしょうか、ミミさんが土曜朝一番にDJされて
いまして、懐かしくなり青芝ファックで投稿しましたところ、大変感動してくださりノベルティーを贈って頂きました。
”ドンドコリスナー”と言うだけで優先的に、取り上げてくれるのですから有難いことです。
名古屋では、やはり上岡神話は今でも語り草で、つボイノリオの”聞けば聞くほど!”(現在もOA)では頻繁に
上岡さんの話題が出ていますし。ミミさんも負けじと話題になっていますが、話題というよりウザイ話が多いですかね。
静岡赴任中は、もっぱらニッポン放送を聴いておりまして、関西兵庫県出身の、”うえやなぎまさひこ”氏の番組に投稿していました。お陰さまでニッポン放送のノベルティーが沢山今でも手元にあり処分に困っている次第です。
昨年4月から赴任した岡山ではABC MBS・・と在阪局の番組が聞えてきますので楽しませて頂いていますが、
問題は担当先の四国地区です高知県 愛媛県とまわっていますが、正直な所ラジオ文化が低いです。
これと言った名物DJがおられる様には聴こえないですし、”下ネタ”はさっぱり・・・芸人さんを使う文化がまだまだ無いのか高くて使えないのか?AM FMも教育放送を聴いているようで苦痛で仕方ありません。

大阪なら浜村淳さんとか道上さんとか名物パーソナリティが我が物顔で仕切っていますが、四国はね・・・
香川県 徳島県は在阪電波が届きますので、ABC MBSファンが多いですかね。

投稿の方は岡山に赴任してから控えさせて頂いています。岡山と言えばドンドコ名物リスナーでは
”森原久三”(モリハラ・キュウゾウ)さんでしたかね。今でもABCに投稿されているモリハラさんのハガキを
耳にすると懐かしく、凄い事だなあと関心しています。
先日も小山女史が本当に森原さんのハガキを愛情を込めて丁寧に読まれており、パーソナリティーとリスナー
の強い絆を感じましたよ。
名古屋CBCでは、鶴光師匠に北野誠 バンバンが台頭していますね。
鶴光師匠は相変らずで今も芸風はあのまま。昼間から”乳首の色は?””パンティーの色は?”と深夜放送を
昼間に再現し、絶大な人気です。聞いていて正直大丈夫かいな?と思うこともしばしばで、誰か止めるものは
いないのでしょうか。

ドンドコ当時は毎週の様にハガキ職人をしていましたが、お陰さまで今では文筆でお仕事も頂戴させて頂いています。”箸は二本、筆は一本”となかなか御飯までいただけるレベルではありませんが、機会がありましたら書かせて頂きたいと思います。

この場をお借りして申し訳ありませんが、昨年よりwebサイトを立ち上げさせて頂きました。
こんな私に、スポンサーがご好意で立ち上げて頂き、
”志鷹新聞 それがどうした!” http://www.asahi-net.or.jp/~gi7o-tng/ として発信中です。

昨年7月まで個人宛、私的新聞でしたが現在はweb新聞として公開させて頂いていますので、また一度
覗いて見てください。 新聞ロゴには作家・椎名誠さんより頂戴しています。
編集長コメントは随時更新、新聞はPDFにてプリントアウト方式でどなたでも御覧になれます。近々に62号発信致します。

ハガキ職人から1歩踏み出しています。

管理人の大正区民さん!
本当にご苦労も多いかと思いますが、”元ドンドコリスナー”の集まりの場として今後とも永く続いていきます事、
願っております。
遅くなりなりましたが、新年のご挨拶に代えて、一筆啓上させて頂きました。

また覗かせて頂きます。!     青芝ファックでした。

2008年01月29日04時58分25秒投稿

最近、オンラインゲームにはまる若者が増えていると聞き及んでいます。現実を離れ仮想空間に身をゆだ

ねている。そこでは現実の自分とは違った理想の自分がいて、会社を興したり美女と戯れたりしているとか。

暗い部屋の中で動かず高カロリーなモノを口に運び、仮想空間の自分とはまったく違った存在になっていく。

まだ体重が二桁ですか?と聞きたくなる。身体は使わなければ退化し筋肉は脂肪の塊にかわります。

朝から晩までパソコンのディスプレイの前でいわば自慰行為にふけっている。見方によれば自慰というより

自傷行為ですな。ほどほどにというところですかな。迷路の中で出口が見つかりますかな。

かつて、ラジオの一番組に淫して、その仮想空間に身をゆだねたリスナーの群れがおりました。人は彼らを

“ドンドコリスナー”と呼びました。別種ですが"ぬかる民”と呼ばれた新興宗教のような一団もいましたな。

何度も何度も番組の録音テープをまわして、パーソナリティーと勝手に仮想空間の中で一体化しておりました。

今、彼らはどうしているか。気になるところですな。社会にうまく適応できず不祥事を起こすことはないでしょうが。

先日、「ありがとう」の浜村淳さんがお書きになられた「さてみなさん聞いてください」という半生記のような本を

偶然書店で見つけ続けて2回ほど読みました。即読は得意でして。率直に面白かったです。

「上岡龍太郎かく語りき」もよかったですが。すでに七十歳を過ぎた浜村さんがいまだに「ありがとう」を続けられ

ている。多くの人に支持されている。たいしたものでございます。

ラジオ大阪の番組でこのドンドコと並んでファンであった土曜深夜の「サタデーバチョン」を思い出しました。

「思いでは映画とともに」のコーナーが今でもよく覚えています。熱心に聴いておりました。いや懐かしい。皆さん、

今のうちに聴いておかないと後悔しますよ。浜村さんが鬼籍にはいられてからでは遅い。宣伝のつもりはありませ

んが浜村さんの放送がネットで配信されています。(http://www.mbs1179.com/arigato/)一時間だけです

が家に帰っていくつかのサイトを巡回しながら聴いております。一度,お聴きあれ。

尚、世捨て人とは世を捨てた人のことでなく世から捨てられた人のことだと碩学 小林秀雄は言っています。深い意味は

ありません。小生、皮肉屋ではありませんから。では。



              N&N
2007年11月15日02時42分48秒投稿

投げ込み寺の和尚です!。6月17日、「雀々十八番」と言う名の落語会やのうて、「雀々十八番」と言う名の「たかじんプロデュースショー」の最終日に行って来ました。雀々が気の毒で…。 そうそう、丸浜さんとのりこさんと三人でお手て繋いで行きました。なんか捕われた宇宙人の気分でしたな…。 会の事は丸浜さんトコに
書くとして…。 「ゲスト上岡龍太郎さんです!」誰よりも盛大な拍手で迎えられ、プロデューサーが嫉妬してどないすんねん!。 上岡節は健在でありました。が、これからオモロなるちゅう時にたかじんが話の腰をおる。そらしゃあないわな、他のゲストにも呼んだ手前話を振らなあかんし…。なんか時間的に消化不良のトークで
したが、上岡さんはイキイキ楽しそうでありました。そういえば雀々の日記でも、ノックさんのお別れ会での上岡さんの様子「龍ピィ復帰したいんとちゃう?」てな事を書いてましたな。 だいたいタバコはやめません!言うてたし、ゴルフてな止まってる球打って何が楽しい?。てなこと言うてたのに、コロッと掌反して、なんと優
柔不断、軽佻浮薄、意志薄弱、、いやいや、なんと進歩的、近代的に成長しているのでありましょう。いやいや、まだまだ発展途上です。せやからあと一歩前進、進化してほしいもんですな。しかしヘンコでガンコで律儀な上岡さんですから素直には行きません。何か理由、大義名分、錦の御旗を与えなあきませんな。 も〜お酒飲み
すぎたから〜、いや〜ん終電なくなってしもたから〜、何もせえへんて言うたから〜、見るだけやて言うたから〜、触るだけやて言うたから〜、先っぽだけやて言うたから〜、岡けん太と?それはゆう太やから〜〜〜、てな逃げ道は作れんもんかえ?…。先っぽまで進むともうこっちのモンですな。後は中でも外でもテレビでも、ラジ
オに舞台、もう出すだけダス。・・・・・ 

2007年06月22日21時44分48秒投稿

ZARDの曲は好きでした。先日のニュースでボーカルの坂井泉水さんがお亡くなりになられたことはショックでしたな。

あんなに綺麗な人だったのも驚きでした。お顔は知りませんでしたので。美人薄命って本当ですな。

耳障りのよい澄んだ声、癒しのある歌詞。昨日は何十回CDを聴きましたことか。

会社から帰るとこのサイトも含めて1時間ほどいくつかのHPを巡回するんですが、CD聴いていて「しまった!」と

思ったときは手遅れでした。

こんなときにドンドコのサイトをクリックするとは。目に飛び込んできた・・まるはま、だの、投げ込み、だのおどろおどろし

いなんとも印象の悪い字ヅラ。

一言掲示板にも書きましたが、なんともいえぬ感情がありました。「負けないで」・・・負けそうです。

それにしても40歳か。まだまだこれからですのにな。それにひきかえ・・・というわけではありませんが、あなたがたの

すさまじい生命力にはただただ脱帽するほかないですな。憎まれ者世に憚るというのはあながち嘘ではないようで。

人の心に残る限り死はないとはだれの言葉だったでしょうか。・・・忘れたいのにまだ生きてやがる・・というような集団は

いない・・です。「君がいない「揺れる思い」か。うーん。ワッフルでも食って眠るとしましょうか。合掌。


                            一隅を照らす者 N&N
2007年05月30日23時35分35秒投稿

キャー!わぁー!どうしましょう!
体中、血が走り回り、私自身も、部屋中走り回りたいのを、大人の理性と、ドンドコリスナーの誇りで、ギリギリおさえ、キーボードにエネルギーを集中させている、「タンポンの国のアンネ」です。
おーい!誰かどこかに覚えて下さっている方いる〜?
もうもう、こんなページがあるなんて知らんかった〜!
懐かしい名前を見つけ、酔っ払っているのと、年のせいで、鼻水だらけになりました。

いやぁ〜うまい事、社会に溶け込んでるつもりやったけど、やっぱりドンドコ界が馴染むな〜
2007年02月13日20時53分07秒投稿

いやぁーそれにしても
大阪は長居陸上競技場に行きました
そうですあの大阪国際女子マラソンを見にいったんです
走りに出場したんではないです
いやぁ走りたかったんですが
それにしてもすごかった
ランナーの太もも
いやいや見事な筋肉に走り正にアスリートっていう
かんじです

それにしてもすごかった
ランナーの化粧くずれ
いやいや見事な感動の汗をかいているのはいつみてもすごい
ってかんじです

それにしても
ランナーのシューズは
オニツカが多いよーな気がしたんですが?
シェアが高いんでしょうか
なぜなんでしょうか?


ペンネーム 横山ママプリン
2007年01月31日06時58分22秒投稿

投げ込み寺の和尚です。ども!。別に用事は無いねんねんけどな…。 10年ぶり位かな?十三の第七藝術劇場で、映画「かぞくのおけつ」いや「かぞくのひけつ」を見てきました。内容は皆さんご存じやと思うんで、感想でも書いとこかな…。ええかな?言うてええかな?はっきり言うとこ!。あのな、百聞は一見にしかずやねん!
。せやからいっぺん見て見てみ、「どこがひけつ?なにがひけつ?」ですわ。 有名人に迎合しない、素人として距離を置き、ど厚かましさの欠片もない素直で正直者の私が、公平かつ冷静に、はっきり言うたる!結論から言うたる!。あのな、楽しい愉快な映画やねん!。せやからいっぺん見て見てみ、「どこがひけつ?なにがひけ
つ?」ですわ。 いや、面白い映画ですな、合格点です。だが、しかし、私も元ドンドコリスナー、重箱の隅を突ついてみたいと思います。 評論家ではないので何も考えず、見終った時の第一の感想は、なんか総集編を見せられたような…。アレもコレも詰め込んだ結果、場面が飛ぶ飛ぶ。もっと面白い場面がカットされたような…
。 細かい所では、十三で生活する経験の無い高校生が性病で悩むか?。女性がいきなり一軒家にトイレ借りに来るか?。チンチンが無くなる薬があるか?それが効くか?。ま所詮映画とは言え、ちょっと設定に無理があるような…。真面目で奥手の高校生が、ほんまはヤリとうてヤリとうてしゃあないのに、親父の因果で後の事を考
え、ヘタレになって悶々としてる設定が自然ですな。そうなるとテントは薬屋ではなく、風俗店の呼び込みのオッサンですな。 それから、淀川の堤防のシーンで、なんで上岡さんをエキストラで使わんのよ!。画面の後ろで上岡さんが、ランニングシャツに短パンはいて、短パンからチンコ出してランニングさせんかい!高校生が運
動場でランニングしてる時に、上岡さんを紛れ込まさんかい!短パンからチンコ出して。心配無用、子供と老人のチンコは無罪です…。なんやったら、派手なストリップ劇場の送迎車に、客として上岡さんを乗せて、車中道中引き回しでも可!場面変わる度に後ろで映ってる。上岡さんチラッとカメラを見る、恥ずかしそうに顔を背け
る、上岡さんチラッとカメラを見る、恥ずかしそうに片手で顔半分を隠す。こんな遊びがほしかった。素人ですからノーギャラで結構!勿論告知はしない!観客の口伝えに広まって行けば面白い。有名人がなにげにエキストラで映ってると笑えるな、告知なしに…。 ほな誰か伝えとって。…浜村淳、見てきたような嘘を言い…。ほな
又な…。
2007年01月22日10時49分52秒投稿

たしか去年の今頃でしたか、このサイトに投稿させていただいた、かつてのリス
ナー、N&Nと申します。先日、梅田の桜橋界隈を歩く機会を得ました。喫茶店の2
階で、校内放送のような貧弱な佇まいの放送局がたしかにここにあったなと、当時の
ことを懐かしく思いました。たしかあの放送局も固定資産税の安い港のへりへ疎開し
たんでしたな。皆様、お元気ですか。この一年で鬼籍に入られた方も少なからずと拝
察いたします。年寄りは国の宝。少子高齢化を踏まえ、国の諸政策も整って、年をと
らねば損であるかの如き感が・・・ないですな。適者生存の厳しい世の中、無常で無
常なことが日々繰り返されておりますようで、なんとも嫌な世相であります。かくい
うこの私も、かつての紅顔の美青年であったあったものがすでに四十の半ばとなり、
いやはや同病相憐れむといったところでしょうか。それはさておきあと少しで正月で
すな。正月といえば・・なんですか。決まりきったことを言うようですが、正月と言
えばなんといっても、ヨドバシカメラの福袋。違う!一年の計は元旦にあり。今年は
こうありたいという決意をすることが大事ですな。すでに新年へのカウントダウンが
はじまっております。今年の反省とともに新年のご多幸を陰ながらお祈りいたしてお
ります。・・・やはり私は人格者ですな。では。

一隅を照らす者   N&N
2006年12月29日01時51分36秒投稿

こんにちは、ドンドコのこんなサイトがあったんですね。
旧リスナーさんたちはあれからどうしているのでしょうか?投稿なんてもう大昔の
出来事みたいです。あま酸っぱいような、人生の恥部みたいな…ドンドコリスナー
けして人には公言せず、履歴書の賞罰・罰の所にドンドコリスナーと書いてしまいそ
うなあの時代。

小町家 小春ちゃんの息子が二十歳になりました…を見て懐かしくメールしてしまい
ました。

あまり記憶に無いかも知れませんが
                            とんでモンペ でした
 


P.S
上岡さんはどうしているのかわからないですが、ミミちゃんにこの間逢った時パワー
がみなぎってる感じ・以前よりよおしゃべるしゃべる……〜!
2006年12月11日18時04分28秒投稿

ドンドコ元リスナーの皆様、初めましてです。
えーっと「ダブルドリブル恭介くん」と申します。
その昔、うーんと若い頃に数回、ラジオに参加させてもらいました。
隠れリスナー歴うん十年で、投稿はほんとに数回。
しかも10年くらい後に再び投稿を始めたら、
上岡さんに
「この京都市中京区(ここからは町名まできちんと読まれました)って、
以前も書いてきてなかったか?」とのたまわれ、
記憶力のものすごさにびっくり仰天!
どこまでもついていきます!と思ったものでした。

今頃、なぜここに?と言いますと、今さっき
北野誠さんのラジオ「サイキック青年団」で、
上岡さんのご子息が監督デビューという話題が出まして、
そういえば「ドンドコ」終了時にサイトがどうの…って、
と遠い記憶をたぐり寄せ、検索して見つけたのでした。
(その頃はまだパソコン持ってなかったのです)

そうしたらば、隠れリスナー時代から憧れていた
「わがままのりこ」さんだの「十四番森田」さんだのの
お名前が!!(* ̄ー ̄)ニヤリ
あまりの嬉しさについつい投稿してしまいました。
というわけで、ちょこっと参加のごあいさつでした。

♪mika Nishimura♪
2006年05月15日03時15分06秒投稿

はじめまして。兵庫県加東市のLENNONと申します。
笑福亭仁扇さんに、お礼のメッセージをとサイト検索していたら
ここに辿り着いたのですが、よろしいでしょうか?

5月6日(土)神戸三宮の
『はぴeライフスクエア神戸・ラジオ関西“名盤ジャケット展”』に
友達と出かけ11時と3時の笑福亭仁扇さんのDJを楽しませて頂きました。
同じ世代(私がちょっとお姉ちゃんになるけど)と言うこともあって
音楽の話、映画の話で盛り上がり、わがままリスナーのリクエストにも
おこたえ頂き、本当に、ありがとうございました。
笑福亭仁扇さんご出身の滋賀県の話や福井県の話
(私は福井市に11年4ヶ月住んでた)
本当に楽しい1日を過ごさせて頂きました。終了後きちんと
お礼を言えずに帰ってしまいました。

いつかまた、笑福亭仁扇さんのDJ音楽談義、映画談義を
聞けるような機会があれば、ぜひぜひ!行かせて貰います。
笑福亭仁扇さんに、くれぐれも、よろしく、お伝え下さい。

*****LENNON*****
2006年05月07日06時44分55秒投稿

青芝ファックです。

しかしなんですなあ〜。ドンドコリスナーも永いお付き合いですね。
暫くの間、思い出話なんかさせて頂きたいと思います。
ドンドコ調で書き込みますのでご容赦下さい。
小生のペンネームはあの大師匠青芝フックを引用させて頂いたのが始まりですが
このペンネーム以前は”加美の神様・志鷹見鷹八鷹(シタカミタカヤッタカ)”と名乗っておりました。
当時のドンドコスターと言えば森原久三氏に嵐山のレッドバトラー14番森田さんですかね。
それに同期の極道南北に友人の伊勢崎九太夫ですかね。それに忘れてはいけないのが管理人の
大正区民さんですは。他にもいましたよね。下駄屋の鬼六ですか?墓堀卑弥呼に色々いましたわなあ。
何故か丸浜嬢と言う大スターが生まれたりしてましたわな。
小生が始めて訪スタした時は忘れられませんわ。夏の暑い盛りでした。
伊勢崎九太夫とOBCの玄関に行きましたらサーッと車が一台乗り付けて着まして下りてきたのが
天下の走る男根・龍ちゃんですわ〜。
もう驚いた驚いた。やはりスターやね。余りの小さいオッサンなのでビックリしたのが正直な気持ちでした。
伊勢崎が龍ちゃんに、あの龍ちゃん言うても上島と違いますからね。頼みますよ。付いて来てくださいよ。
義務教育と違うからね。龍ちゃんは上岡さんですわ。
その上岡さんに伊勢崎が『今日は勉強させて頂きます!』と挨拶しますと龍ちゃん無視ですわ。
余程疲れていたのか、声かけたのが男やったか知らないが機嫌が今一なんですわ。
恐る恐るスタジオに入りますと机の影にいてましたのが大正区民さんですわ。目礼しながら本番に備えますと
階段を駆け上がる一人のハゲ!いやはやなんと極道南北ですわ。
南北とは同い年なので気が合いましてなんやかんや話していますと、寡黙にスタジオに入ってきたのがほれ
嵐山のレッドバトラー14番森田さんですわ。
もう回りは龍ちゃん雀雀どころか有名リスナーのオンパレードでこちらのほうが凄いのなんの。
小生舞い上がっていますと、森田さんが優しく私に声かけてくれました。
『あそこにいるオバハンが丸浜さんやで』
小生余りにもノーブルな美人なので思わず便所に駆け出す始末。
その日のゲストは桂小米朝に岡部まり嬢でしたかね。まりちゃんのマネージャーが余りにもアザラシに似ていたので
まりちゃんが細く見えまして、これも芸能界の作戦ですかね。スターは華が無いとね。

この日より小生の投稿はお盛んになるわけですが、周りのリスナーからは色々誤解を受けまして結局リスナー集会には参加していませんが、上岡さん雀雀、そして都築さんに可愛がって頂いたのでよく投稿させて頂きました。
懐かしい思い出ですわ。
唯一ドンドコ大賞を頂いたネタが替え歌でありまして、最後にご披露しましてお後に交代したいと思います。
★エースコックのワンタンメンの節で〜
♪文我、文我、ブンガ〜この夏死んだ GOO!♪

これで一万円ですわ。本当に涙がでましたわ〜情けなくて。
それ以後青芝ファックと改名しまして、現在は文筆業でちょこちょこ書かせて頂いています。
まあまた機会ありましたら何処かでお会いしましょう〜。
青芝ファックの”ドンドコ訪スタ日記”第1章でした。
ドド〜ン ドンドン
2006年02月28日19時07分31秒投稿

おっ!ケアハウスにすっかり馴染んでいるやないか!?、N&N。ども!どぅも!頭
突き男です。ワシやがな。「投げ込み寺の和尚殿!」やがな。「またお前かい!」と
首を横に倒して気を失いかけてるオッサンしっかりせい!。「うぃ、まぁまぁ一杯や
らんかい、江戸っ子だってね、寿司食いねぇ寿司食いねぇ、廻る寿司食いねぇ、うぃ
、」西川きよし並のベタでスマン!。最近は廻る寿司以外に、メリーゴーランド寿司
、大観覧車寿司、ロデオ寿司、いろんな寿司屋があるんですな…。肩の力を抜いてキ
ンタマ冷やしながら遊んでる暇はワシにもないんじゃ!。さ、明日も早朝から空き缶
拾いに忙しいんで寝るか、街を美しくボランティアやちゅうねん!(拾い屋のおっち
ゃんに怒られるわ)…。孤独な嫌われ者のN&Nことニート&ノーテンキなおっさん
へ、人恋しくなったら検索して探してこい、政治経済からチンチンまで語ってやる!
叱ってやる!。桂三枝が楽屋に入って来た時のような、重苦しい息苦しい嫌な雰囲気
になるとは思うがそれは辛抱せえ…。ほな達者で暮らせ…。
2006年01月22日21時55分20秒投稿

あたりが暗くなり前に人が通るとパッと電気がつくんです。丸浜さんの入れ歯!
そうじゃなくて、うちのセンサーライト。ネット通販で買ったんですが気に入ってます。
ネットでといえば便利ですな転送メール。どこでもチェックできるのがいいですな。
先日の“わがままのりこ”さんのさんのドンドコメールも大晦日まで見てなかったんです。
いやあの書き出し懐かしかったです。でも、メール見ていて、あれから何年だ?!ひいふうみい・・
エーッ。なにっ! これお孫さんに書いてもらった口述筆記じゃないのか?。・・まあ冗談はともかく、
よく覚えてますよ。(鶴瓶ふうに)「おぼえてるよ!」。夕焼けのような真っ赤な
ホッペが印象的でした。
青森の方でしたか? それとな“のりこさん!”私はネンノネンでなくN&Nなのでよろしく。

おっ!ドンドコメールがきてるな。なんだ投げ込み坊主か。・・・ふん!成長せんやつだ。

ひとりよがりという言葉をご存知か?和尚殿。やっぱりキミは頭、硬いなあ。硬い。
まだ老け込む歳でもあるまいに。頭突きで五寸釘打てそうですな。人間凶器ですかな。
警察と保健所に登録しとくように。あの頃のリスナーの大半は既に五十路の坂をすでに転げ落ち、
年金もらってる人やボケたか化けてでそうな人ばかり。“のりこちゃん”曰くケアハウスですと。
だからキミのような年代がもっと頑張らないと。
リスナーが顔を会わせれば、どこが痛いの誰が手術したの孫が就職しただの“ふつー”のケアハウス
なんです。青火が“ぽっ!”あっ丸濱さんだ。てなもんで、だからしっかりするように。

いや、酔っ払いにからまれた人の気持ちがわかりますな。

小生、地位も名誉もカネもあるわけではありませんが、投げ込み寺の如き男と遊んで
いるヒマはない
のであしからず。それじゃ“のりこちゃん”もさよなら。


努力即権威!  一隅を照らす者 ペンネーム N&N
2006年01月19日00時44分14秒投稿

投げ込み寺の和尚です。ハイソなお便り拝見しました。1回だけでいいんです、先っ
ぽだけでいいんです。わがままのりこさんこんにちは、その他少数こんにちは、僕、
子供の頃からのりこさんのファンでした。思い出すなぁ塾の帰り道、よく隣のタメ子
とお手て繋いで道草したもんです。「タメ子、俺はお前がお寿司の次に好きやで」そ
したらタメ子が「私はアンタがピーマンの次に嫌いやで」…仲睦まじく、相思相愛や
ったんですな。(最近こんな勘違い男多いらしいマジやからコワイ!)。ある日、ラ
ブラブやのに嫌がるタメ子をむりやり縁日に引きずり込みました。そこで見たモノは
、ガマの油売り!思わず「のりこさ〜ん!」タメ子と破局した瞬間ですな。「のりこ
さんは胸糞悪いほどメッチャ綺麗ねんで」「嘘やろ?」「嘘やで!いやホンマは美人
やねん。あんまりいじくるとマジで泣きよるねん!!」ガマの油売り見るたんびに思
い出してました。ああやって鏡見ながら脂汗垂らしてはんねんなぁ〜わががまのりこ
…。数年前、吉本新喜劇に出てはりませんでした?なんべんも壁にぶつけられる役、
お仕事とは言え大変でしたね…。ここからが本題ですが、ドンドコにはボツがあった
んですか?ボツの経験がないもんで、もれなく読んで貰えるものと思っておりました
。ボツてよっぽど酷いお便りやったんでしょうな。例えば〇〇のようなお便り?〇〇
は自分で考え…。ボツなし掲示板、悪貨は良貨を駆逐する、ラベル下げるのターイヘ
ン。ココに限らずな…。
2006年01月15日22時29分56秒投稿

恥ずかしながら、20年程前、女子大生の間でちょっとした流行だった「ガルシアで
ワッフル!」した事のある投げ込み寺の和尚です。しかも一人で、私とした事が面目
ない…。おそらくN&Nもこっそり一人で「ガルシアでワッフル!」していたに違い
ない。しかも壁を見つめながら…。せやけどN&Nがまだ催眠商法に手を染めていた
とは、、早く足を洗うように。手を染めていたのに足を洗うとはこれいかに!…頭を
垂れているのに頭を抱えると言うがごとし!…。私に対し「頭は固いが体は軽い」と
言うお褒めの言葉を頂きアリガト!「頭は柔いが体は重い」ではどんならんもんな。
そうなんですよ、当時から無欲恬淡、文武両道、才能溢れる若者やったんですな。そ
れにひきかえN&Nは成長してアレかい!?「くっさ〜〜」…。私、OBCが弁天町
へ移転してから全くドンドコを聴いておりませんので、掲示板の誰がリスナーで誰が
ペンネームを変えておられるのか承知しておりません。掲示板の私しか知らんヤツら
に、単にエロ親父ではない事をチト自慢しとこう。一部のすんばらしい先輩リスナー
の事はさて置いて、私もドンドコ大賞を2ケタ受賞しています。しかもN&Nのよう
なセコイ一発ギャグ以外に、封書、大作でも頂きました。私の書いたパロディのドン
ドコクイズの答を書いてきたアホなリスナーもいてましたな。大賞候補は数知れず。
大賞の代わりにたかじんの土産になって、その土産がボールペンに代わった事も、都
筑さんから「ざまぁ見ろ!」というお詫びの手紙を頂きました。その手紙大事に仕舞
っています。大事に仕舞いすぎて何処へいったんかわからん?!サイン色紙もメモ帳
もテレホンカードも…燃えないゴミの日に出したかな?いいやどっかに有る!…。当
時たしかに訪スタすると、OBCの廊下で子供銀行券の一万円札を数枚、ヘラヘラ笑
いながら見せびらかしている変質者が紛れ込んでいましたな。聖徳太子の顔がガッツ
石松になってました。ひくっちゅうねん!ひくっちゅうねん!…。たかじんはN&N
のファンでした。N&Nは私のファンでした。N&Nが一つ賢かった事は、吉田清の
弟子入りを断った事ですな。N&Nは新野新よりかは才能は有った。と言う最大の侮
辱を書き込んで、お後と交代いたします…。ハイソがし!ハイソがし!
2006年01月15日22時12分38秒投稿

My dear 龍サマ御機嫌よう わがままのりこです
あ…イカンイカン 龍サマはもう いはらへんのやった。

My dear みなサマ御機嫌よう わがままのりこです
それにしてもやってまいましたね〜 ただのイキリやネンノネン

ドンドコのようでドンドコでない ネンネン
お便りのようでお便りでない  ネンネン
それは何かと訊ねたら ドンドコ投稿掲示板 
ドンドコ投稿掲示板 ドンドコ投稿掲示板 やネンノネン〜♪

思い起こせばあたいがPC買うたのはこのサイトに参加したいがためでした。
ドンドコドンの龍サマにお便りするのとちょーっとも変わらん気持ちで
そのまんまやと思うて投稿したもんでした。でもね〜ちごうたんですね〜

ここはネ申のような家主の下にドンドコ難民が集う
アットホームなケアハウスなのでした。
ほのぼのとした投稿で寂しいみんなが癒されて… 

パーン! そんな事が1回でもあったか?!正直に申してみぃ!
そう言いたい事言うては 厳しい責め苦を味合わされ
涙、涙で幾夜枕を濡らした事でありましょう…
まあええ まあええ マリア様のやうなあたいは許しちゃる。

が、一つ教えちゃる。ここって没がないのよね〜
癒しのケアハウスにブルーシートのボヘミアンが紛れこんで来たような違和感。
まあええ まあええ 寂しいおったんの独り言なんやろ。
書き流しの垂れ流しは迷惑じゃが読み飛ばしちゃる。

さぁ〜 またメッチャ感じええ投稿する為に 脳フル回転ざます〜〜
2006年01月10日00時41分53秒投稿

小生のことを一部のリスナーがまだ覚えていてくれていたとはまことにありがたい限りです。
ときまさにバブルの業火が日本中を焼き尽くす少し前のこと。
小生が大学出てからしばらくブラブラしていたときに、無聊を慰めているわけではないんですが、
求職活動の傍ら毎週欠かさず投稿しておりました。なんとか仕事が決まってからもバブルで忙し
くなるまで結構熱心なリスナーでありました。訪スタもたまにですが行きましたな。
差し入れのおすそ分けありがとうございました。

惜しむらくはドンドコ最後の1年は仕事が忙しくてほとんど聞けなかったこと。小生が投稿していたら
主婦の立ち話のようなネタばかりでなかったものをと書いたら・・怒りますかな。
小生にもいくつかの紆余曲折がありいろいろ考えることが多い状況でした。印象的なのは1987年に
朝日ジャーナル主催で”一球入魂なんたらかんたら”という筑紫哲也、黒鉄ヒロシ、上岡竜太郎の鼎談
イベントの折に上岡師匠にお願いして「努力!」と書いていただいたサイン色紙。今も小生の部屋に
飾ってあります。どうもこれだけは捨てれなくて。黒鉄ヒロシの色紙はとうに捨ててしまいましたが・・
惜しいことを!あれヤフオクで売れたんじゃないかな。

三つ子の魂百までと申します。人間なかなか成長しないもの。おそらくあの頃とたいした違いはないのは、
このサイトの投げ込み寺の和尚の投稿を見てれば・・わかるやろが!
投げ込み寺の和尚のハガキは当時も今もあの調子でした。いつの時代も空気の読めぬ者はいるものです。
ドンドコに出すネタに苦しんだといいますがそうですかな?小生など一気呵成に書き上げてポストにいれて
忘れてしまうという数年でしたが。当時から小さくまとまっていたんですな。器が小さいというよりは頭が固い
んでしょう。投げ込み寺の戦艦の装甲も貫く徹甲弾のように固い頭からは柔軟な発想は出てこない。
頭は固いが人間は軽い。生きづらい男が世間の海に沈んでいかないようにするにはリハビリが必要ですかな。
当時たしかに訪スタすると、OBCの廊下のソファにひとりこの世の不幸を一身に背負っているかのごとき顔色
の悪い若者がいました。気の毒に思った小生は「キミ!これでなにか食べなさい」と一万円札を何枚か差し出し
たものです。そのまま別のポケットに入れ直しましたが。

小生もまあなんとかその日その日をしっかり生きております。たまにつまらぬことを言ったりしてトラブルこともあり
ますが。・・・この間も同僚がお客さんに送る年賀状「謹んで新年のお祝詞を・」を席をはずしたあいだにお祝詞を
「お食事」に書きかえてほうっておきましたがどうなりましたことやら。
今年、約100枚ほどの年賀状を知人などからもらいましたが、元旦に来たのは50枚。あとは5日以降。小生、
もしかしたら・・嫌われてますかな。
まあ、小生の文面を見れば慈眼衆生を見るが如き人格の人間に成長したことがおわかりになると思います。
艱難汝を玉にするとはよくいったものです。皆さんもお身体に気をつけていただければと思います。
では。

    
            一隅を照らす者  ペンネーム N&N
2006年01月07日21時29分39秒投稿

皆さんこんにちは、投げ込み寺の和尚です。もうすっかりハゲておられるであろうN
&Nさんもこんにちは、「このハゲ!ハゲ!ハゲ!!」…。では一曲♪僕のあだ名を
知ってるかい〜朝刊太郎て言うんだよ〜〜「そんな元気ないちゅうねん!」。大きな
声では言えませんが、大きな口の丸浜さんの総入れ歯は当たってます。さてさて、同
時代を過ごした仲間?とな、戦友ですな…。なんせ当時は必死で書いてました。ネタ
がない!なんと一週間の早かった事か。ポストでは間に合わん、慌ててOBCの美人
受付嬢の冷たい笑顔にハガキを投げ込んできた事か。どれだけドンドコに協力してき
た事か。それをあのおっさんは!。愚痴を言うまいこぼすまい、クラブのママの言う
事にゃ「血潮に満ちたエネルギー、どうして仕事に出せないの」そんな愚問は聞き入
れず、後悔してもしきれない、そっと股間に手をやって、上下左右に擦ります、煙が
吹くまで擦ります、ああモンデルパンツの夜は更けて、今宵、横山ノックが歌う「ハ
ッとして両手がグー」。ほんで何の話やった?…。そうそう、ドンドコ放送中はアホ
リスナーと同じ空気を吸いたくないので、一人廊下に立たされてましたバケツ持って
、じゃなくって!哲学者は真顔で椅子にもたれながら、瞑想に耽っておりました「今
晩何食べよ?天かす腹いっぱい食べよかな?」そら胃ももたれるなちゅうてね…。そ
したら都筑さんが廊下にわざわざコーヒーを差し入れしてくれましたな「アリガト!
」。都筑さんに直接ハガキを手渡すと「大丈夫やね」言うて見もせんとスタジオへ「
いや、ひょっとして放送禁止用語が…」まあ上岡さんがクッションになってたから良
かったけど、掲示板は直接やからね。協力もせんとスタジオに来て、たまに出すハガ
キは面白ない名前だけの有名リスナーとはモノが違う!デキが違う!てなホンマの事
はなかなか書けません。マジな奴もおるしな。最後に、就職先の紙袋からチラッと見
えた見覚えのあるあのマーク。あれから激動の十数年いろんな事があったであろうN
&N氏生きいよ〜。懐古主義は老い先短い証拠ですな、失望する事なかれ、自分の信
じる道を進みなさい。ミミズだってオケラだって生きているんだ。生きいよ〜よこや
ま!生きいよ〜Nの!ほなの…
2006年01月06日21時47分59秒投稿

「男たちの大和」を観てきました。日本映画で感動したのはひさしぶりですな。下士官・兵から見た戦艦大和。
海にそびえるあの威容。まさに圧巻です。涙がとまらぬシーンもありました。率直によかったです。
その沈み行くYAMATOの格納庫の主砲弾のひとつひとつにくくりつけて一緒に沈めてしまいたい奴らがまだ
このWEBサイトを根城に生息しておりましたか。憎まれ者世にはばかるとはまさにこのことですな。
すばらしい生命力に感嘆いたしました。”天才”上岡竜太郎をして、へとへとに疲れさせたのはまぎれもない
あなた方です。
別に匿名希望にする必要はなかったのですが、まあ同時代を過した仲間?として一言書き込んでみたかった
だけの話しです。いやいやみなさんお元気そうでなにより。さぞかし責任あるいいお父さんやお母さん、企業を
動かす重要な歯車のひとつになられていることでありましょう。20年余。「あれっもうそんな年か」とあの頃定年を
迎えられた方がそろそろあの世に旅立たれる時期でもあります。
丸濱殿、すっかり入れ歯になられたことでしょう。恥ずかしいことではありません。天人五衰というではありませんか。
お年寄りは国の宝であります。投げ込み寺の和尚さんもいまでも新聞配達ですか?頑張ってください。小さなことから
コツコツと・・小さく生きてください。それにしてもおなつかしい。みなさんいつまでもお元気で。

       一隅を照らす者 ペンネーム N&N 
2006年01月04日22時38分38秒投稿

ふゆの冷たい風に南天の赤い実が美しい季節になりました。
    ドンドコの元リスナーの皆様はその後もお変わりなくお元気でお過ごしの事と思います。
    先日、パソコンを開くと懐かしいドンドコメンバーのお名前を見つけ、なんともうれしいような、思い出してはいけないような
    過去を思い出してしまったようななんとも言えない思いに駆られてこうしてパソコンのキーを叩いています。
     わがままのりこさんが20年・・・・といわれてましたね。 
    20年・・・そう我が家のかわいい一人息子も今年で二十歳になります。
    何とも月日の経つのは早いもの・・・ドンドコにデビューしてどこで人生を狂わせたのか結婚までしてしまいましたねぇ〜。
    放送が終わったあとは、ドンドコリスナーであることを世間に隠し(?)つつ普通に暮らしております。
    龍太郎師匠はいかがお過ごしかと常々思っておりましたが・・・・
    
     ドンドコメールを見て久しぶりに書いて見ました。  このメールがリスナーの皆さんのお目に留まることを祈りつつ・・・・・

                                  小町家 小春

2006年01月01日22時25分37秒投稿


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